化粧品業界におけるグローバルな潮流である「クリーンビューティ」。日本ではサステナビリティやSDGsの推進を、商品設計・開発の段階からブランド哲学として組み込んだブランドが誕生しています。また、クリーンビューティ市場がさらなる拡大をみせる欧米では、大手化粧品企業がM&Aにより、有望なクリーンビューティブランドを傘下に収める事例が急増。一方、中国では、安全性を前面に打ち出すクリーンビューティから、サステナブルな側面にも目を向けようという動きが始まっています。
英国の調査会社、ブランドエッセンス・マーケット・リサーチによると世界のクリーンビューティ市場の2020年の売上は54億4,000万ドル(約6,256億円)に達しました。さらに2020年から27年にかけては、毎年平均12.07%で成長し、2027年には115億円6,000万ドル(約1兆3,294億円)規模に到達すると、同社は予測しています。このように拡大が見込まれるクリーンビューティ市場をにらみ、世界各地ではさまざまな動きが起きています。日本、欧米、中国でのクリーンビューティ関連の最新の動向を紹介します。
日本では、サステナブルな素材やパッケージを使用するのみならず、ブランド哲学としてサステナビリティやSDGsの推進を掲げ、具体的な商品コンセプトに組み込んだ新興ブランドが登場しています。
2021年9月にローンチした「Save ME」は、医療機器・化粧品の製造開発や医療アートメイク関連製品の製造販売を手がける株式会社NMT Japan のブランドで、スキンケア、ヘア・ボディケアカテゴリーを展開、「きれいは、巡る」をコンセプトに開発されました。飲料水や生活用水に使われる「水」は自然環境のなかで循環していることを念頭に、毎日の洗顔やシャンプーで排水として流れ出る成分の影響に着目し、きれいな水を守るために水質や海洋生物に配慮した成分を厳選しているとします。
処方には、生物の生命維持に欠かせないビタミン類の働きに着目し、ビタミンCやEをはじめ、ナイアシンアミド、ビオチン、パンテノールなどを配合。さらに、これらの成分を安定的、かつ効果的に肌に届けるために、独自開発のナノテクノロジー素材「アミノクレイ」を採用しました。アミノクレイはサンドイッチのパンのように、間にさまざまな成分を挟み込む板状構造をしたミネラルベースの成分で、有効成分をフレッシュな状態で必要な場所に運びます。水に溶けやすく、ミネラルベースでできているため、環境負荷がかかりにくいのも特徴です。
画像提供:NMT Japan
あわせて、ゼロウェイスト(廃棄物ゼロ)を目標に、容器はクラフト紙を6層コーティングしたパウチを採用。希望するユーザーには、繰り返し使用が可能なガラス製で蓋は竹製の詰め替え用容器をセット販売しています。
また、Save MEの「トーンアップUVクリーム」は、2021年度の「サスティナブルコスメアワード」において審査員賞を獲得しました。ハワイやパラオなど一部の地域でサンゴ礁保護のため使用が規制されている成分を排した「コーラルフレンドリー」処方とし、アミノクレイでビタミンCを安定化して配合することで、サンゴの骨格形成をサポートする働きもします。
画像提供:NMT Japan
「7NaNatural」は、カラーメイク製品のOEM大手 株式会社トキワによるビューティアクセラレータープログラム「Tokiwa Lab.2020」の第一弾として採択されたブランドで、2022年3月より一般販売をスタートしました。天然由来成分100%でつくられたマルチユースのカラースティック7色とカラーパレットで構成されています。
画像提供:メディアジーン
7NaNaturalのコンセプトからプロダクトローンチまでを手がけたのは、インターネットメディア運営などを事業とする株式会社メディアジーンの一部門として、コンテンツ制作に携わるTHE STUDIO. Glossy&MASHINGUPチームです。天然由来成分100%処方、環境に配慮したパッケージ、ロスを生まない使い切りサイズと生産体制、唇や頬など色をのせる場所を限定しないマルチユース、さらに、見たままの発色と持続性、こうしたこだわりをすべて叶える製品を実現する難しさをトキワの担当者とのやりとりのなかで痛感しながらも、妥協はしないとの意思を貫き製品化にこぎつけたといいます。
デビューアイテムとなる「カラースティック」全7色には「ひと、社会、地球環境が抱える7つの課題の解決を目指す」という思いが込められています。この7色がすべて入ったミニパレットは薄型のカードサイズとし、ミラーやブラシを省いた無駄のない形状としました。パレットのパッケージには再生プラスチックを使用し、ユーザーは使い終わったら同封されている返送用封筒でブランドに送り返すことができます。回収・リサイクルにあたってはテラサイクルと協業しており、回収容器はまた新たな資源として活用されます。ユーザーに使い切る心地よさを感じてもらうとともに、販売して終わりではなく、使った後のことまで責任を持ちたいという思いのこもった設計としています。
画像提供:メディアジーン
欧米では大手化粧品企業によるクリーンビューティブランドのM&Aが目立っています。自社ブランドではカバーできない分野を買収により補うとともに、自社のリソースやノウハウを生かして、買収したブランドをさらに成長させ、ポートフォリオを拡充・強化させる狙いからです。
2022年3月、仏ロクシタンはオーストラリアのクリーンビューティブランド「グロウン・アルケミスト(Grown Alchemist)」を買収しました。グロウン・アルケミストは、アンチエイジングセラムなどが、ミレニアル&Z世代に人気で、サステナブルソーシング(持続可能な調達)にこだわるとともに、科学的に根拠のある製品づくりをするヘルスコンシャスなブランドです。ロクシタンはこの買収により、よりグローバルな消費者プロファイルとマーケットにリーチすることを目指しています。
仏クラランスの創業一族が持つホールディング会社のファミーユCは、2022年2月、売上の1%を地球に還元することをうたうグローバルネットワーク「1% for the Planet」のメンバーでもある米「イリア(ILIA)」を買収。2011年にカナダ・バンクーバーで創業したイリアは、現在最も勢いがあるクリーンビューティブランドの1つとされ、米国のWWDが発表した「The Beauty Inc Awards 2021」では新ブランド賞を受賞しました。ファミーユCの副最高経営責任者は「イリアをクリーンカラーコスメの世界的なリーダーに育てる。2025年までにブランド価値を3倍にしたい」と意欲をみせています。
P&Gは2022年1月、米国発プレステージスキンケアブランド「トゥラ スキンケア(TULA Skincare)」を買収しています。トゥラは、2014年に消化器専門医やボビィ ブラウンの共同創業者によって設立されたブランドで、スーパーフードやプロバイオティクスを配合したスキンケアラインが特徴です。いち早くビューティとウエルネスを掛け合わせたコンセプトや、広告ビジュアルにレタッチをしないことを宣言するなど、ポジティブなメッセージでミレニアル世代の支持を集めています。
一方ロレアルは、2021年12月に米ロサンゼルス発のハイパフォーマンス・ナチュラルスキンケアをうたう「ユース トゥ ザ ピープル(Youth To The People)」を買収し、ロレアルのリュクス事業本部の傘下としました。ユース トゥ ザ ピープルはスーパーフードやコールドプレスした原料、自然由来成分を配合した製品で幅広い年齢層から人気が高いブランドです。この買収について、買収当時のリュクス事業本部プレジデントは「本事業部のポートフォリオに良い相乗効果を与える。公平な世界とコンシャスなビューティを大事にするブランド理念はロレアルとマッチする」と述べています。
中国で最初にクリーンビューティが注目されたのは、2019年にTmall Global(天猫国際)に出店し中国市場に登場したドランクエレファントがきっかけでした。その後、越境ECを通じて海外からクリーンビューティ製品が続々と入ってきて市場が拡大しました。2021年には半年で70以上の海外ブランドが進出し、同時に中国発のブランドも増えました。コロナ下で消費者が健康や安全性をより重視するようになったことが、その背景にあるとされます。
現在、クリーンビューティをうたう中国ブランドは、主なものだけで15程度存在します。なかでも注目されているのが、杭州蘭匠化粧品が2018年にローンチした「LAN 蘭」です。同ブランドはオイルに着目したコンセプトで、累計販売数100万個を突破したクレンジングオイルや、エッセンスオイルを主力製品としており、原料の95%以上に天然素材を使用しています。
2021年の「ダブルイレブン」では、Tmallにおいて、クレンジング部門のリピート購入ランキングの6位にランクインしました。同社はSNS型のECプラットフォーム小紅書(RED)とTikTokの中国本家版Douyinを活用したプロモーションに力を入れており、REDの公式アカウントは5万以上のフォロワーを抱えます。また、2021年11月時点で、直近30日間にDouyinで33回ライブコマースを実施し、236万元(約4,720万円)を売上げたとされています。
中国のクリーンビューティは、REDとの親和性が高いといわれます。中国でクリーンビューティが紹介される際は、人体に有害な成分を使用しないという安全性を強調するものが多く、環境に配慮するといったサステナビリティの側面はほとんど取り上げないケースが少なくありません。しかし「90 后(1990年以降生まれ)」や「95 后(1995年以降生まれ)」のユーザーが多いREDでは、クリーンビューティブランドによる環境への負荷を減らす処方やパッケージなどの取り組みについて触れている投稿も数多くみられます。こうした投稿は、中国最大規模のSNSであるWeiboではあまりないため、REDには世界的なトレンドに敏感で、環境課題に意識の高いユーザーが集まっていると考えられます。
そのREDが出資しているのが、上海大喂科技発展が運営する「Dewy Lab」です。2021年1月にローンチ後、半年経たずに月間の売上が500万元(約1億円)を超え、同年11月の売上は1,000万元(約2億円)超を記録しました。同社は2022年2月にプレシリーズAラウンドで約1,000万ドル(約12億円)を調達しましたが、それをリードしたのがREDです。REDがコスメブランドに出資するのは初めてで、クリーンビューティ分野とDewy Labへの期待の高さがうかがわれます。
Dewy Labは25〜35歳をターゲットに、ファンデーションやコンシーラー、ルースパウダーなどを主力に展開。REDをはじめとする旗艦店では、原材料に有害物質を使用していないという安全性を強調。敏感肌の人や妊婦でも問題なく使えることを訴求するとともに、商品開発の際に動物実験を行っていないことも明記しています。
既存ブランドがクリーンビューティを志向し、方向性を再構築したケースもあります。2011年ローンチのスキンケアブランド「MyClorisLand(MCL)」です。広州嵐萃貿易が運営する同ブランドは、洗顔クリームや化粧水などの製品をラインナップし、オンラインのほか、ワトソンズなどのドラッグストアチェーンでも販売しています。
P&G出身の創業者が現地メディアに語ったところによると、MCLはもともと「(添加物や防腐剤をよしとせず)ピュアであること」を重視していましたが、創業から10年が経ち、次の10年に向けてブランド力をさらに高めるため、アップデートしたクリーンビューティ戦略を打ち出したとします。
MCLのTmall旗艦店には「Clean Beauty」と名付けられたページがあり、商品に配合する物質の90%が天然由来成分であることに加え、クルエルティフリーや、リサイクル可能な素材を包装に使用することが表明されています。また、容器にはガラスを多用し、紙はFSC認証を受けたものを使用。あわせて、発がん性物質や環境に悪影響を与える物質など、リスクが考えられる2,000種類以上の原材料を網羅した「危険成分リスト」を作成し、それらの不使用をうたいます。同旗艦店によると、中国で使用を禁止されている物質は1,200、EUでは1,600であることから、それらを上回る数の物質を使用禁止としています。
前述したように、有害とされる物質を排除するなど、成分や処方の安全面が強調される傾向が中国では強く、欧米のように、サステナビリティを実現するための取り組みや、原料の採取方法からCO2の排出量まで製造過程の透明性を示すなど、エシカルな施策にも着目してブランドを選んでいる中国ユーザーはあまり多くないのが現状です。
こうした風潮に対しMCLは、中国内でもクリーンビューティとは何を指すのかの業界基準を定める動きを主導しています。同ブランドは2022年1月、広東省化粧品協会や12の研究機関と協力して「中国クリーンビューティ団体標準」を策定し、ガイドラインを示す「ピュアグリーンブック」という白書として発表しました。今後も、原材料から配合、製造、包装、リサイクルなど全ての工程における具体的な取り組みを推奨していくとしています。
Top image: VICUSCHKA via Shutterstock