「ReFa」「SIXPAD」などを展開するMTGが2018年10月に設立したコーポレートベンチャーキャピタル、株式会社MTG Ventures(MTGV)の投資先という共通点を持つ注目の美容スタートアップ、DINETTE株式会社と株式会社Beauty Thinker。 両社の代表取締役にブランドとしての取り組みや成長戦略について話を聞きました。
MTGV 代表取締役 藤田豪氏は、これまでの32社への出資実績を振り返り、結果として「自社ビジネスの周囲で、いわゆる『関係者人口』の増やし方が上手」な起業家、つまり、創業者の熱量に呼応した人々が周囲に集い、応援団やサポーターが自然発生的に形成されるタイプのリーダーが率いる企業が投資先になっていると話します。
DINETTEとBeauty Thinkerはまさに、そうした“応援団”が成長を後押ししてきた企業です。ユーザーやファン、あるいはそのビジョンに呼応するメンバーを「関係者人口」として徐々に増やし、ファンベースや組織づくりをもとにプロダクトの多様化、ブランドアイデンティティの確立をしてきました。
ただし、ユーザーに対するアプローチは対照的で、DINETTEはデジタルマーケティング重視の戦略からスタートし、次なるステップとしてリアル店舗やイベントなどオフラインでのコミュニケーションにも注力しています。一方、Beauty Thinkerは立ち上げ当初よりリアルでのコミュニケーションを重視し、それをコンテンツとして活かす方針をとります。
2017年3月に創業したDINETTEは、同年4月からInstagramを中心とする美容動画メディア「DINETTE(ディネット)」の展開を開始。メディア事業の成功をもとに、プライベートブランドとして「PHOEBE BEAUTY UP(フィービービューティーアップ)」を2019年2月にローンチしました。
第一弾の製品に選んだのは、当時はまだニッチなアイテムだったまつげ美容液、「PHOEBE BEAUTY UP アイラッシュセラム」です。展開するメディア事業でユーザーの悩みを聞くうちに、目元に課題意識を持つ人が多かったことがきっかけで開発にのりだしたと、株式会社DINETTE 代表取締役 尾崎美紀氏は明かします。
代表取締役 尾崎美紀氏
発売以後、現在に至るまで一番人気のヒット商品となった同製品は、ユーザーに耳を傾け、都度アップデートを加えています。「ブラシは発売時から4回リニューアルし、成分などもDMやコメント、アンケートからお客様の声を取り入れて改良している」(尾崎氏)。商品そのものだけでなく、使い方のサポートにもこだわり、解約の理由として多かった「効果がわかりにくい」という声を受け、使用前後を自分で比較できる「Winkカード(まつ毛測定カード)」を制作するなど工夫を凝らしています。
また、毛穴ケアに特化した「SERUM SHOT(毛穴美容液)」や、敏感肌でも使いやすい「POWDER WASH(酵素洗顔)」などアイテムを増やし、現在、PHOEBE BEAUTY UPはスキンケアブランドとして5SKUを展開。2019年10月にはロフトなど小売店での販売をスタートし、2021年11月には有楽町マルイに直営店をオープンするなど、リアルにも販路を拡大し、現在は月商2億円に成長しました。売上比では7割がオンライン購入で、自社ECサイト14万人の会員のうち、約4万5,000人が定期購入ユーザーとなっています。
ブランドのファンを作るためにブランド独自の世界観を重視しており、チャネル選定からクリエイティブに至るまで、マーケティング担当者を中心に戦略を立てています。
同社 CMO 斉藤圭氏は「初期は通販的な手法をとっており、効果を訴求する集客重視のクリエイティブだった。しかしブランドとして確立するには、ブランドの意思を伝えるクリエイティブが重要だ。ユーザー起点に立ち返り、ベネフィットと自分たちが作っているブランドの世界観をマッチさせた」と話します。購入時に取得しているユーザーアンケートでも、商品開発に関する質問だけではなく、雑誌や好きなブランドなどの嗜好をたずね、クリエイティブに反映しました。
世界観の構築に加えて、そのクリエイティブが売上にどう貢献するのかの分析も行い、自社SNSの方向性に関しては、幾度もABテストを繰り返した結果、最も注力するInstagramで一時期、顧客自身の投稿にも変化が出たといいます。
「メディアアカウントのように、文字を主体とした画像でセールのお知らせなどを投稿した時期があったが、エンゲージメントがわかりやすく下がってしまい、ブランドとメディア、それぞれのアカウントに求められていることが異なるとわかった。そこで、ブランドの世界観を伝えるビジュアルに変えて発信したところ、それを参考に、世界観に沿った写真を撮るユーザーが増え、結果として、ブランドイメージの強化につながった」(尾崎氏)
「資金調達には苦労してきた。投資家には女性が少なく、化粧品事業は理解されにくいと感じたこともあった」と話す尾崎氏。そのなかでMTGVに出会い、2020年5月には、MTGVに加え、株式会社セレス、株式会社ポーラ・オルビスホールディングス、D2C&Co.株式会社(丸井グループ)、株式会社サティス製薬の5社から約3億円を調達しました。調達資金はPHOEBE BEAUTY UPブランドを30SKUほどに増やしてマスブランドに育成するためと、DINETTEの海外進出などに活用する予定です。
「スキンケアブランドとしてのPHOEBE BEAUTY UPは、クレンジングを出せばラインナップとして完成するので、次はまつ毛美容液だけでなく、目もと周りのアイテムを加えたい。たとえばメイクアップや、目もと美容液などを考えている。またタイやシンガポールなど東南アジアを足がかりに、グローバルへの進出・拡大も計画している」(尾崎氏)
2022年夏には、DINETTEは新たなフェムケアブランドをローンチします。「女性の悩みに応えていきたいという思いがあり、肌の次はボディの悩みを解決していく方向性でブランドを考えた。これだけ世の中に商品があると処方や成分では差別化が難しくなっているので、販売の仕方や見せ方も含め、それを使用するとどう感じられるかという感情部分の訴求をしていきたい」(尾崎氏)
PHOEBE BEAUTY UPの成功事例をもとに、再現性を持ってブランドを作っていき、将来的にはより多くのブランドを展開する企業に成長していくことを目指します。
2020年10月に誕生したライフスタイルビューティブランド「mirari(ミラリ)」を展開する株式会社Beauty Thinker 代表取締役兼CEOのカン・ハンナ氏は、ブランドコンセプトについて以下のように語ります。
「“人の美しさはどう作れるものなのか”と考えたとき、フィジカルな美しさを整える、鍛えることだけを追求するのではなく、心を美しく鍛えること、そしてブランドの哲学を反映させたメッセージ性をもつ言葉という、3つの要素がとても重要だと考えた」(カン氏)
カン・ハンナ氏
カン氏は、韓国出身で日本語を猛勉強し、第21回現代短歌新人賞を受賞した初の外国籍の歌人で、言葉には特別な思いを持っています。「化粧品の機能性は使用したときに感じ取っていただけると思うが、自分と向き合い、心の持ち方をどうすればいいかというところは、これまでの化粧品ではあまり配慮されてこなかった」として、製品そのものにも言葉へのこだわりを反映させています。
たとえば、第一弾プロダクトの「今日の肌・今日の気分で選べる6種類フェイシャルトリートメントマスク」は、それぞれ“more love myself”や“more calm down”、“more rest”という個性的なネーミングとし、「今のあなたは充分素敵だが、今日のお肌や心に何が必要なのか」を問いかけるようなプロダクト名や商品説明文を入れているのです。
化粧品の機能だけではなく、その人自身の内面に踏み込むような言葉を添えた製品を使う時、ユーザーが涙することもあるといい、クローズのファンイベントなどでユーザーコミュニケーションの軸になっているとします。そして「化粧品とあわせて、言葉が持つ力が人を動かすということを信じ続けたい」とカン氏は語ります。
このほか、mirariはコンテンツを通してブランドの哲学を伝えることにも注力しています。YouTubeではブランドの想いを発信する公式チャンネル「mirari letter」を開設し、プロダクトを作っているプロセスはもちろん、ユーザーとのコミュニケーション内容などを発信。また、独自開発のアプリ「my mirari」では、フェイスパックをする15分間、瞑想音楽やラジオで自分に向き合う時間が持てるようサポートする「mirariタイム」を無料配信しています。「『mirari』とは鏡(mirror)からきている。自分自身と向き合う時間が美しさにつながるという思いから、このようなコンテンツ作りをしている」(カン氏)
mirariのユーザーは20〜50代までと幅広く、ブランドの思想に共鳴して商品を購入する人、商品購入によってブランドの奥深さを知る人、そして、商品の機能や効果を気に入って使い続ける人と、大きく3つのタイプに分けられます。とくにブランドのメッセージ性を評価するのは20〜30歳の若い世代が多く、この世代は作り手やブランドが持つ思いに共感したり、憧れを抱くことで購入につながるといいます。この、ブランドの思想そのもののファン層を、mirariでは"mi-you(mirari is you)"と呼びます。
それ以外のユーザーは、まずはアイテムそのものがmirariを知る入り口となり、こうしたアイテム経由でファンになる層は30〜50代の女性が多く、製品作りにおいてはその世代を意識し、母娘が一緒に使うことも想定。このようにエイジングケアを求める女性たちからの支持が厚いのもmirariの特徴です。
現在、mirariは、伊勢丹新宿ビューティーアポセカリーやエストネーション、ロンハーマンなど百貨店やセレクトショップで販売しています。その理由について、カン氏は「mirariは、ライフスタイルのビューティブランドを目指している。一方、お客様は化粧品の枠を超えて自分を重ねることのできるブランドを探している。なので、商品を取り扱う場所にもこだわっている」と語ります。こうした活動により、売上は右肩上がりで、2021年は前年同期比で10倍に成長しました。
mirariは立ち上げ当初から、カン氏自ら1対1で行うオフラインのカウンセリングイベントを開催してきました。その方針に変わりはないものの、今後は地域を問わずつながることを目指し、オンラインのコミュニケーションに進化していく計画を立てています。たとえばオンラインツールを利用した1対1の会話や、ファンとのビデオ会議、座談会などです。こうした丁寧なコミュニケーションを基盤に、数年以内にはアジア、世界へと広がるブランドに育てていくことが目標です。
「今は物が売れにくい時代で、D2Cブランドの多くは、広告を止めたら売上が下がるリスクを懸念していると聞く。mirariの場合、ユーザー全員にコア層であるmi-youになってもらう必要はないが、ブランドの思いを深く理解してくれるmi-youが輪の真ん中にいてくれるならば、mi-youが周囲にmirariのことを伝えてくれて、それが他のユーザーの入り口にもなり、安定したブランド作りができると考えている。BTS(韓国の7人組男性ヒップポップグループ)のファンの『ARMY』のように、mi-you同士が自然と交流しつながっていくのが理想だ。実は、それをみて私たちブランドサイドも心を動かされて頑張れるし、mi-youがまたその頑張りをみてくれる。感動は製品そのものだけではだめで、BTSと同じように、想いだったり愛だったり、私たちの頑張りや愛情、悔しさの表現といったものも含めて共有していくことが必要だと考えている」(カン氏)
Text: 臼井杏奈
Top image: VICUSCHKA via Shutterstock