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資生堂やニューロープの化粧品需要予測AIが叶える、過剰在庫や機会損失の低減

作成者: @cosme for BUSINESS編集部|Jul 4, 2022 11:00:00 PM

地球環境への負荷を減らすサステナブルな経営を実現しつつ、企業やブランドの成長を維持し続けるためには、多様化する消費者ニーズや変化が激しい市場動向を正確に読み取り需要予測をすることが重要です。AI Cloudプラットフォーム「DataRobot」上で化粧品分野の新製品の需要予測モデルを開発する資生堂ジャパンと導入支援を行う日鉄ソリューションズ、そして、化粧品の需要トレンド分析AIを開発するIT企業ニューロープに化粧品需要予測の現在地を聞きました。

資生堂、「DataRobot」上で新製品需要予測モデルを構築

化粧品×需要予測AIの活用を積極的に進めているのが資生堂です。膨大なSKUを扱う同社では、これまでも需要予測技術を、原材料の発注や工場における生産計画、配送・物流計画などサプライチェーンマネジメントに活用してきました。

資生堂ジャパン株式会社 プレステージ事業管理部
Sales & Operations Planning
グループマネージャー 山口雄大氏
(2022年5月取材時)

2018年頃からは、機械学習に必要となるデータの準備からモデル構築、デプロイ、予測の実行、そしてモデル監視と最適化までを自動化するAI Cloudプラットフォーム「DataRobot」を採用し、既存品ではなく、発売前の新製品にフォーカスした新たなAI需要予測モデルの開発も進めてきました。同プロジェクトを提案・リードし、10年以上にわたり資生堂の数多くのブランドの需要予測を担当してきた資生堂ジャパン株式会社 プレステージ事業管理部 Sales & Operations Planningグループマネージャー(2022年5月取材時)山口雄大氏は以下のように語ります。

「需要予測は既存品と新製品で方法が大きく異なる。資生堂は2014年にブルーヨンダー社の統計予測モデルのパッケージを導入し、既存品の需要予測では一定の成果を上げてきた。一方で新製品に関しては、化粧品業界のみならず、さまざまな業種においても需要予測が困難で、かつ効果的な手法が確立されていない状況だった。(協働した)DataRobot側からも、新製品の需要予測にAIを活用した事例がほぼないと聞いていた。ただ、ここは成功した時の事業へのインパクトが大きいこと、また個人的にAIがどこまで需要予測に使えるかにも興味を抱き、プロジェクトを社内提案した」(山口氏)

新製品需要予測の構造例
画像提供:資生堂ジャパン

資生堂が新たな需要予測モデルの開発を進める理由は、過剰在庫と機会損失の両方の低減にあります。山口氏は「一般論として新製品の計画精度を高めることは難しい。データは公表していないが、資生堂の場合も、既存品に比べ新製品の需要予測の精度は高いとはいえず、過剰在庫や欠品、すなわち機会損失のリスク傾向が強かった」と明かします。

資生堂の新たな需要予測モデルは、システムインテグレーターである日鉄ソリューションズ(以下、NSSOL)との協力体制のもと開発・ブラッシュアップが続けられています。NSSOLは、資生堂が蓄積してきたサプライチェーン、営業、マーケティング、ファイナンスなどの各領域データに加え、購入場所やブランドシェア率など膨大な市場データを効率的にAIに学習させていくプロセスを助言する立場です。

2020年初頭にはプレステージ領域の新製品の需要予測モデルが完成し、実用を開始。たとえば、クレ・ド・ポー ボーテの2020年秋冬の新製品に関しては、SCMとマーケティング部門で合意した計画よりも多く売れるとの予測がAIによって導きだされ、大筋の計画は変更しなかったものの、より売れる可能性を考慮して原材料を先に確保し、従来よりも早く増産対応ができたという成果が出たといいます。

これを踏まえて、資生堂は翌年もプレステージ領域の予測モデルに投資を続けていくことを決定。また、ドラッグストアやスーパーなどを中心に販売されているプレミアムブランドに対応した予測モデルの開発も開始しました。2021年にはプレステージブランドにおける、この予測モデル運用により過剰在庫・欠品解消の両側面でさらなる実効性が確認され、2022年からはプレミアムブランド領域でも同モデルを採用する段階に入っています。

こうした成功の理由として、山口氏はまず、データの整理の重要性を強調します。「AIで需要予測モデルを開発する際、需要の背景にある因果関係をしっかりと想像したうえで、データとして表現する段階が最も難しかった。ただし、資生堂のなかにはさまざまな組織や専門家がおり、データを数字や定型データとして客観的な形にする整備ができていた。あわせて、推進するための環境が整っていたので、成果につなげることができた」(山口氏)

また、ディープラーニングなど機械学習は、膨大な量のデータを自動で計算し、人間が気づかなかった物事の関係性や予測値を出力することに優れたテクノロジーです。一方で、その解にいたる演算プロセスが複雑なため、結論までの過程を人間側が理解することが難しいという課題があります。しかし、資生堂が採用したDataRobot は、このAIの思考プロセスを人間が理解しやすい形で明示できる特徴があると、日鉄ソリューションズ株式会社 DX&イノベーションセンター データテクノロジ&コンサルティング部 エキスパート 籔さやか氏はいいます。

日鉄ソリューションズ株式会社 DX&イノベーションセンター
データテクノロジ&コンサルティング部 エキスパート 籔さやか氏

最終的な因果関係の解釈・分析は人間、AIツールはサポート

とはいえDataRobotのプラットフォームにおいても、データすべての因果関係をはっきりと明示してくれるわけではありません。しかし「AIの演算プロセスがどの特徴を重要視しているかなど、人間側が解釈・分析する際にサポートするツールが充実している。予測モデルをアジャイル的に強化していく際、使い勝手が良いのがDataRobotの特徴だ」と籔氏は説明します。

「一般的には、AIにデータを入れるとすぐに何かしらの答えがでるというイメージがあるかもしれないが、決してそうではない。データの特性、量、質、そこにまつわる状況を精査してひな型となるモデルをつくり、そこから評価・改善するプロセスを繰り返さなければならない。そのため重要になるのは、改善をするチームを継続的に維持できるかどうかだ」(籔氏)

DataRobotのインターフェース
画像提供:DataRobot

優れたAIモデルを生み出すためには、データの整理と最適なツールの選択、継続的な投資に加えて、もうひとつ重要なことがあります。それは、現場とデータの両方を理解し橋渡しをするブリッジ人材の存在です。

さまざまな企業の実情を知る日鉄ソリューションズ株式会社 流通・サービスソリューション事業本部 DXビジネス・イノベーションセンター 所長 呉正大氏は「DXが待ったなしの状況で、現場をよく知り、かつデータを活用できるブリッジ人材は、どの企業も増やしたいと考えている。自社のビジネスを理解した人材がDXに取り組むほうが、スピード感を高め、他社への依存度を下げられるからだ」と指摘します。

日鉄ソリューションズ株式会社 流通・サービスソリューション事業本部
DX
ビジネス・イノベーションセンター 所長 呉正大氏

しかし、資生堂のように人材に投資を続けられる企業は決して多くはありません。呉氏は「ほとんどの企業では、現場のエース格の人材は現場から移動させがたく、ブリッジ人材を育成したくてもすぐには難しいというのが現状だ。そうしたなかでDXのスピードを高めていくには、私たちのようなベンダーを使うのも選択肢のひとつだ。テクニカルな部分はもちろん、(ベンダーが持つ)他社との共創経験や業界をミックスした知見をうまく活用することも成功のカギとなるだろう」と語ります。

パンデミックや昨今の国際情勢に象徴されるように、社会の先行きがますます不透明になるなかで、いくつもの変数やシナリオを想定して需要の在り方をシミュレーションしていくことの重要性はますます高まると考えられます。資生堂では、需要予測モデルについては、予測の精度向上のみならず、予測値をさまざまなステークホルダーに活用してもらえるよう、オペレーションを整備していくことを目指しています。たとえば、従来からの生産計画立案や原材料調達だけでなく、マーケティング計画の再考やファイナンスの見通しの精緻化に活用することなどを次なる目標に掲げます。

「現時点で確認された需要予測モデルの最大のメリットは、リスクの定量的評価ができるようになったことだ。そしてこれから重要になるのは、その予測値を使って人間がどのような判断をくだせるようになるか、また、その判断後にオペレーションをいかにスムーズに実行できるかだ。AIで高い精度を出すのは通過点でしかない。顧客へのサービスレベルの向上や地球環境への負荷低減につなげるため、社内プロセスづくりや機能継承に力を注いでいく」(山口氏)

ファッションと化粧品双方の時系列データを蓄積するニューロープ

一方で、多くのブランドや企業にとっては、資生堂のように自前の需要予測モデルを開発することは現実的に困難です。こうした潜在的な需要を満たすために、トレンドデータや分析レポートを提供する企業向け向けサービスも登場しています。ニューロープによるトレンド分析サービス「#CBK forecast(カブキフォーキャスト) for cosmetics」もそのひとつです。株式会社ニューロープ 代表取締役CEO 酒井聡氏は次のように話します。

「もともと弊社では、ファッションAIを使ったトレンド分析をサービスとして提供してきた。ただここ数年、隣接領域である化粧品業界からも、在庫問題の解決のためにトレンド分析ツールが欲しいという声が増えた。ファッショントレンドを分析するため、長期間にわたって時系列でSNSECサイトのデータを収集してトレンド推移を追い続けてきたこともあり、それらのデータを化粧品のトレンド予測にも活かせるのではないかということで、本格的な開発を開始した」(酒井氏)

ニューロープのトレンド分析ツールの特徴
画像提供:ニューロープ

ニューロープは、SNSから年齢や性別などのユーザー属性(顔認識により推定)をはじめ、ブランド名、インフルエンサーが発信する情報、ハッシュタグ、ECのランキング情報などを時系列で蓄積し続けており、同サービスを利用すると、専用ダッシュボードからデータを閲覧し、相互に紐づけてトレンド動向を探ることができます。収録されているデータセットは約1,000万レコード。データを分析・解析するリソースがないクライアントに対しては、独自にレポートを提供するサービスも運用しています。

酒井氏は「活用の仕方によって、特定商品の推移だけでなく、特定期間の市場のムード、ユーザー属性ごとのライフスタイルの変化などもつぶさに追えることもあり、ブランドだけでなく、小売店や卸関連企業のクライアントにも活用いただいている」と話します。消費者はファッションとコスメを厳密に区分しておらず、スタイルやトレンドなどを総合的に判断して購買に至っているとして、両カテゴリーの時系列データが揃うニューロープのサービスは、その相関関係からも新たな気づきを得ることができるとします。

株式会社ニューロープ 代表取締役CEO 酒井聡氏

トレンド感覚を定量化・可視化することで議論・意志決定をサポート

資生堂の需要予測モデルのメリットは「リスクの定量的評価」なのに対し、ニューロープのトレンド分析は「トレンド感覚の定量化」といえます。ファッション業界では各シーズンのコレクションをまとめたレポートや、ブランドディレクターが収集した画像、前年の自社売上実績といったイメージボードなどをベースにして売れ筋を議論・予測してきました。ただアパレル生産の特徴として、まったく同一のアイテムはほぼ存在しないため、「再現性のあるデータが溜めにくいという点で難しい」(酒井氏)という特徴がありました。この課題に向け、ニューロープでは画像解析の技術を用いて、色や素材、襟の形、シルエットなどアイテムを要素分解し、特徴単位で定量的にデータを蓄積することで、シーズンやブランドをまたいだトレンドの汎用化を実現しています。

「データの溜めにくさという意味では、化粧水ひとつとってもさまざまなブランド、成分処方、パッケージ、感触など同じものはなく、トレンドも変化が早いなど、化粧品にはファッション業界との共通点がある。また、人間がするトレンド予測は感覚として合っていたとしても、売上や在庫がどのくらい増減するかまでは正確な予測ができない。トレンド感覚を定量化することで、細部まで生産戦略を議論できるようになることには大きな意義がある」(酒井氏)

資生堂とニューロープの事例に共通するのは、AIを使った需要予測モデルもしくはトレンド分析を活用するためには、データの蓄積においてもそのブラッシュアップにおいても、空白のない「継続性」が何より大事であるということです。同時に、データとデータの相関関係を見出すなどにおいては、経験を積んだ人間が持つも非常に重要です。

トレンドや人気カラー、時代の空気感など、人間が曖昧に捉えている事象を数字など客観的に処理可能なデータとして置き換え学習させていくことで、AIはより洗練されていきます。その意味で、どのAIモデルや関連ツールを採用するかの選択もさることながら、上がってきた予測前・予測結果に人間がどのような解釈を加えて、どう実行していくかが、ビジネスの成否を分けることになると考えられます。

Top image: VectorMine via Shutterstock