シャネルのグローバルブランド「N°1 DE CHANEL(ヌメロアン ドゥ シャネル)」のリリースから約1年半が過ぎ、WWDの「2022年版 世界のビューティ企業トップ100」で、シャネルの業績向上に貢献したと評価されるなど好調です。同社によるZ世代に向けたクリーンビューティであり、スキンケア、メイクライン、フレグランスとトータルで揃う同ブランドは、ユーザーとのコミュニケーションを含め、どのような取り組みを行なっているのでしょうか。
シャネルから2022年1月にリリースされたビューティライン「N°1 DE CHANEL」(以下、 N°1 ドゥ シャネル)は、長年のカメリア研究をもとに開発された自然由来の新成分を配合。パッケージは環境負荷を減らすためのさまざまな工夫を取り入れたデザインで、サイエンスとサステナブル、そして、自然の力を活かしたホリスティックなアプローチの三位一体を目指す製品設計です。また、スキンケアに加え、リップ&チークカラーなどのメイクアップ、フレグランス(ボディ ミスト)で構成されています。これが従来の顧客層に加えて、Z世代を中心としたユーザーの心をつかみました。
「環境に配慮した新世代のためのエイジングケアをうたい、環境負荷を軽減するサステナブルなパッケージや自然由来成分を高配合するなど、N°1 ドゥ シャネルは、バリューチェーン全体にわたるCSR(企業の社会的責任)への取り組みを統合した主要グローバルブランド」と話すのは、シャネル合同会社 香水・化粧品本部 コミュニケーション部PR担当の土屋隆顕氏です。
N°1 ドゥ シャネルが発売された2022年は、他のさまざまなラグジュアリービューティブランドでもZ世代への訴求を強化し、ブランドアンバサダーやキャンペーンのコラボレーターを同世代からの支持が厚い人物に一新する、あるいは若い消費者のニーズに応えるマイクロコレクションを発表するといった動きが目立った年でした。このなかでN°1 ドゥ シャネルというクリーンビューティコンセプトを明確にしたブランドをローンチしたシャネルは、そのクリーンビューティへの本気度を若い世代に示したといえるでしょう。
N°1 ドゥ シャネルは、処方は自然由来成分を最大97%配合し、カーボンフットプリントを抑えるためパッケージはすべてエコデザインとしています。セロハンや紙のリーフレットの梱包を廃止し、製品情報はオーガニック インクでパッケージに直接印字されたQRコードから入手できるようにしています。あわせて、ボトルやジャーには軽量ガラスを使用し、すべての容器にリサイクル原料やバイオ由来の原料を使用しています。
たとえば、通常は廃棄されてしまうカメリア種子の皮を粉末状にしたものを、素材の1つとしてクリームのキャップに混ぜて使用、また2種類あるクリームにはリフィル(詰め替え)を用意。同リフィルを2回分使用することで、温室効果ガスの排出量を約半分にまで削減できます。
N°1 ドゥ シャネルが誕生した背景について、土屋氏は市場の期待もあったと説明します。
「ここ数年、美容市場は消費者の方々からの新たな期待、つまり、透明性やクリーンな配合、成分知識の普及などが求められてきている。また、パンデミックに伴い、人々が幸福を追求する意識も高まった。それに応える意味で、シャネルでは、N°1 ドゥ シャネルによって、新しい美のチャプターを開きたいと考えた。創業者のガブリエル シャネルがその生涯において新たな道を切り拓いたように、革新的なアプローチにより美しさの一歩先をいくプロジェクトとして、N°1 ドゥ シャネルは位置づけられている」(土屋氏)
シャネル合同会社
香水・化粧品本部 コミュニケーション部 PRコーディネーター
土屋 隆顕(つちや たかあき)氏
2022年5月末に仏パリで開催されたラグジュアリーブランドのためのエコデザインパッケージ展示会「Luxe Pack Paris」では、シャネルのエコ・コンセプション責任者であるエレーヌ・ヴィルクローズ(Hélène Villecroze)氏がパネルセッションに登壇し、消費者に届くまでの体験設計を大事にしたことを明かしました。
【BeautyTech.jp記事】シャネルやランコムなど、ラグジュアリー化粧品ブランドが熟慮するサステナブルパッケージとは【Luxe Pack Paris 2022前編】
ヴィルクローズ氏はN°1 ドゥ シャネルについて、「製品のみならず、購入者に贈呈するギフトに至るまで、環境への配慮を徹底する“エコレスポンシブル(環境への責任)”にこだわった」と話し、N°1 ドゥ シャネルのローンチにあわせて、リユースできるメイク落とし用のコットンパッドの入ったポーチを購入者向けのギフトとして開発したことを紹介しています。
土屋氏は、N°1 ドゥ シャネルの基本コンセプトとして、前述したように「革新的(イノベーティブ)」「包括的(ホリスティック)」「持続的(サステナブル)」の三点がベースになっているとします。クリーンビューティとして、環境配慮の側面にとどまらず、自然の力を活用しつつ科学的に検証された成分開発や、使い心地などユーザーの感性に響く体験においても“クリーンであること”を徹底したところが特徴です。いくつものエビデンスやストーリーを備えて、倫理性や透明性への意識が高いZ世代の厳しい目にもかなうクリーンビューティとしての完成度を高めながら、ラグジュアリーブランドならではの体験も両立させていることがうかがえます。
そして、その「革新」の部分を担うサイエンスとして、シャネルのスキンケア全体の製品づくりの基礎となっている「セネッセンス(細胞老化メカニズム)」研究があります。セネッセンスとは、紫外線や公害物質、心理ストレスなどの外的・内的ストレスによって健康な細胞が老化細胞に変化し、やがて、この老化細胞が発する老害信号(SASP)によって周囲の健康な細胞も老化していく現象を指しています。
シャネルでは、細胞老化の各段階にある細胞から培養した人工皮膚モデルを使い、段階ごとに肌の構造の詳細を再現することに成功、これにより、成分が老化細胞にどう働きかけるか、その有効性を検証することを可能にしました。あわせて、健康な細胞が老化細胞に変化するセネッセンスの第一段階における3つのマーカー(指標)として、細胞分裂の活性を測る「CDK1」、細胞核内の構成要素「LAMIN B1」、ストレスメッセンジャーの1つ「MMP1」を特定し、細胞が老化に転じる過程を明らかにしました。
この研究をもとに開発されたのが、N°1 ドゥ シャネルに配合された新成分「レッド カメリア ペタル エキス」です。氷点下15℃の厳寒地でも花を咲かせるという強い生命力を備えた、レッド カメリアの品種の1つである「ザ ツァー(皇帝)」から抽出した同エキスが含むプロトカテク酸が3つマーカーにアプローチし、ケラチノサイト(表皮を構成する細胞)の老化を予防し、細胞の活力を67%アップさせることが確認されました。
同時に、N°1 ドゥ シャネルは、肌に有害な可能性が指摘されている7つの成分、シリコン、PEG、フェノキシエタノール、動物由来成分、BHA BHT、パラペン、着色料を配合しないフリー処方となっています。
もともと、シャネルのスキンケアに関するR&Dは一貫して「植物成分」の研究に大きな比重を割いています。今回もN°1 ドゥ シャネルの成分開発を支えたのが、1998年に開設の、フランス南西部の町ゴジャックにある約40ヘクタールの畑をもつオープンスカイ ラボラトリーです。世界中から収集したカメリアの研究に特化した施設で、260種を超える植物と約2,000品種以上ものカメリアを、化学物質を一切用いずに栽培しています。
オープンスカイ ラボラトリーは、土地の生物多様性を守り、自然の特性を保護しつつ有効活用するために、さまざまな種類の植物を混在させて育てるアグロフォレストリーの農法を採用。その共生関係が土壌を肥沃にするとともに、植物の病気に対する抵抗力も高めているそうです。同農園は、厳格なことで知られるフランス農業・食料省が定めるHVE(環境価値重視認証)の最高レベルを取得しています。
シャネルを象徴する花であるカメリアから、オイル、セラミド、カメリア ウォーター、酵母エキス、そして、レッド カメリア ペタル エキスなどを発見してきた同研究所は、N°1 ドゥ シャネルの「革新」「包括」「持続」が三位一体となったコンセプトを体現する存在といえます。
また、シャネルでは20年以上にわたり、世界各地の女性を対象にしたリサーチを行い、約6,000人の顔と400万件超のデータを収集し、健康的な肌と美の理解を進めてきました。日本でも、京都大学とのパートナーシップで長期的なコホート研究を行ってきた実績があります。
【BeautyTech.jp記事】シャネルのスキンケアR&Dは植物成分に注力、世界各地のラボからゲノムコホートまで
「このような取り組みが、最終的に皮膚老化の分野でも人々のニーズに応える製品づくりにつながると信じている」と土屋氏は話します。
土屋氏は、シャネルにとって、厳しいEU基準にしっかりと対応したクリーンフォーミュラやサステナブルな取り組みは、企業として当然のこととして積極的に取り組み、こうした施策を含めて、顧客がシャネル製品を心地よく使い、満足感を得られ、自身を美しく感じる手助けができることが重要だといいます。
N°1 ドゥ シャネルの商品設計に対する日本のユーザーの反応については、「三位一体の商品設計」がしっかり伝わっていることを感じると土屋氏はいいます。
「N°1 ドゥ シャネルの製品の効能効果や、その基礎となっているサイエンスや研究開発を高く評価していただいている。さらに、ボトルデザインが放つラグジュアリー感を楽しむとともに、セロハンやリーフレットを廃したサステナブルなパッケージなどから、私たちのエコレスポンシブルな姿勢を感じ取り、同品を使うことで環境にポジティブな貢献ができることを喜びと感じてくださっている」(土屋氏)
こうした、どこをとっても説得力のあるストーリーと体験設計を持つ製品は、そのために、日本ではユーザーとのコミュニケーションでも「体験」に重きをおいてきました。2022年1月のN°1 ドゥ シャネル発売直後に開催の@cosmeのオンライン体験会では、事前に参加者に製品サンプルを配布し、お手入れ方法のレクチャーとあわせて、製品説明が行われました。ここでも、使用感に加えて、そのサステナブルなコンセプトに対して好意的な声が多数あがっていました。
また、2023年1月の、新製品「リッチクリーム N°1 ドゥ シャネル」の発売に合わせて、日本各地の百貨店などで順次体験イベントを実施してきています。
「クリームやセラムを肌にのせたときのとろけるようになじむテクスチャーなど、シャネルのスキンケアは効果のみならず、使用感でも定評をいただいている。日々のお手入れの時間を自分と向き合う時間とし、肌も気持ちも上向きに高まっていくビューティ ルーティンとなることを私たちは目指している」(土屋氏)
製品のハイパフォーマンスを追求すると同時に、社会や環境への貢献を実現しつつ、一方で、ラグジュアリーな化粧品としてユーザーが使用するたびに幸福感、納得感を感じられる体験設計は、ラグジュアリーブランドにおけるクリーンビューティのあり方としてひとつの指針となりそうです。
Text: そごうあやこ
Top image and photo: シャネル合同会社