秋田県の白神山地エリアにある株式会社アルビオン白神研究所は、自社農場と抽出研究施設を備え、化粧品原料となる薬用植物の有機栽培から収穫、加工、成分としての植物エキス抽出までを一貫して行い、アルビオン独自のオリジナル成分を作り出すとともに、最近ではワイン製造にも乗り出して地域振興にも寄与しています。拡大する同研究所の取り組みに迫りました。
世界最大級の原生的なブナ林が分布し世界自然遺産に登録されている白神山地。「この土地との出会いは、化粧品にとって最も重要な原料のひとつといえる水を求めて、各地の名水を探していたことがきっかけだった」と、株式会社アルビオン白神研究所 所長 小平努氏は話し、アルビオンが白神山地の麓に研究所を設立することになった発端が、同地域の水であったと明かします。
そして、天然に湧き出る白神山地の水は非加熱ろ過でボトリングされる、いわば“生きた水”で、しかも、硬度19という超軟水で金属イオンの含有が少なく、化粧品への配合に極めて適しているとします。
アルビオンではその後、白神山地の麓に位置する秋田県藤里町から、廃園となった旧米田保育園の建物の提供を受けることになり、改修して米田研究棟を開設。2010年に白神研究所を開所しました。
現在では、約6万2,000平方メートルの白神ファームで化粧品原料となる植物を有機農法により栽培して量産を行い、収穫から加工、出荷、そして化粧品成分の抽出までを一貫して白神研究所で担っています。
2018年には有機JAS認証も取得。2021年に、植物バイオテクノロジーによる植物由来原料の研究開発のほか、ワインの製造も行う抽出研究棟&ワイナリー施設をオープンし、ブドウ栽培のためのヴィンヤードも有しています。
そして、アルビオン製品における肌に対する効能効果の最大化のために、有用植物の探索をはじめ、適した品種づくりや栽培方法、有用な部位や抽出方法の研究開発をするのが白神研究所の大テーマだと小平氏は説明します。
同時に、白神研究所を起点に薬用植物の国産化を進めることで、安心と安全のためのトレーサビリティを確保し、原料供給、環境維持、地域貢献の側面からサステナビリティの実現にもつなげていくといいます。
小平努(こだいら つとむ)氏
©VISCUM
「お客様の肌のために、常により良い化粧品を作り続けていくというものづくりへの想いがアルビオンの根幹にあり、また、高付加価値を加えることで製品の優位性を示す意味からも、私たち独自の化粧品原料を開発したいと考えていた」と小平氏は、白神研究所発の代表的なオリジナル成分として、2023年5月に発売した美容液「エクラフチュール t」に配合の保湿成分「シャクヤク花エキス」を挙げます。
同エキスは、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所傘下の薬用植物資源研究センターが育成したシャクヤクの新品種「夢彩花(ゆめさいか)」を、品種利用ライセンスを取得して白神ファームで栽培し採取した花が原料です。生薬として通常は根が利用されることが一般的なシャクヤクの、花びらからエキスを抽出しているところが一番の特徴です。
夢彩花は、鎮静、鎮痛、抗炎症などの作用がある有効成分ペオニフロリンの含有量が高いことで知られています。一方で、根を大きくするため花数を抑えた品種で、かつ栽培時には根に養分を集めるため花はすべて除去されます。
このように、シャクヤクの花は化粧品原料として利用できるにもかかわらず、ほとんど活用されていないことに着目したアルビオンは、夢彩花と他のシャクヤク品種を比較検証し、夢彩花が抗酸化作用およびヒアルロン酸合成酵素の遺伝子発現で高い有効性を示すことを突き止めました。
白神ファームで安定した花の収穫ができるまで3年をかけ、2023年3月、夢彩花の花に由来する化粧品用植物エキス開発が完了したことを発表しました 。
美容液「エクラフチュール t」
出典:アルビオン公式サイト
白神研究所ではこのほかにも、多種多様な植物が自生し自然豊かな白神山地の環境を活かし、約50種に及ぶ植物を試験栽培しています。また、ヨモギやレモンバームなど、白神研究所で栽培した11種類の薬用植物の成分を、化粧液「フローラドリップ」をはじめとするさまざまなアルビオン製品に配合しています。
化粧液「フローラドリップ」
出典:アルビオン公式サイト
さらに、アルビオンでは白神研究所で栽培した薬用植物の一部を、フランスの原料サプライヤーに納品しているそうです。「私たちが育てている薬用植物の品質がフランスで認めてもらえるレベルだと自信が持てた。海外市場から求められるものを作っていることに誇りを感じる」(小平氏)
白神研究所でのユニークな試みは、独自の化粧品原料だけではなく、ワインの製造もそのひとつです。
化粧品メーカーがワイナリーを構えてワイン作りに乗り出した理由はサステナビリティへの視点がありました。「白神研究所がある藤里町の特産品であるブドウ品種、ヤマ・ソービニオンの栽培を維持するために、ヤマ・ソービニオンからオリジナルの化粧品原料を開発できないかと考えた。そこで、種からグレープシードオイルを抽出することにしたが、種の採取後に残渣として果汁が残ってしまう。これをワインとして再利用することで廃棄物の削減にもなり、よりサステナブルな製造が可能になった」(小平氏)
藤里町は1990年頃からブドウ栽培を始め、ワイン原料用のブドウを山形県の醸造所に持ち込み「白神山地ワイン」を製造していました。しかし、ワインのラベルの表示基準が変更になって、“白神山地”の名称が使用できなくなり、2018年から生産を中断していた経緯がありました。
高齢のため廃業したブドウ農家から原木を譲り受けた白神研究所のワイナリーにより、原料のブドウの栽培から醸造まですべてを藤里町で行うことで、白神山地ワインの復活につながり、地域創生の一助にもなっています。
出典:Shirakami Sanchi Wine
今のところは、白神山地ワインの販売で収益を目指すというよりは、世界の人々に馴染みのある言葉である“Wine”をキーワードにブランドイメージの向上に役立てる方針だといいます。「『ワインを作っている化粧品会社?』と、国内外の方にアルビオンに興味を持ってもらうきっかけとなることを期待している。あわせて今後は、ポリフェノールが豊富なブドウの皮なども原料に活用したり、ワインの醸造で得た知識と技術を発展させた発酵研究を進めたりして、化粧品の製造に応用していくことも検討している」(小平氏)
ヤマ・ソービニオンの収穫を始めたことを紹介するInstagram投稿。
白神研究所の公式Instagramアカウントでは白神研究所の草花の様子や収穫作業、研究員の声など日々の取り組みを紹介
自分たちの手で畑を耕し、原料となる植物を生み出すところから始まった10年以上にわたる白神研究所の発展の過程は、地域との絆を深めながら、植物栽培から原料の製造、製品配合まで自社で行う透明性の高い製造プロセスを構築するに至っています。現在、自社農地・借地を合算した白神研究所の敷地面積は約11万平方メートルにまで拡大しているそうです。
同時に、白神研究所の事業は地元の活性化を促す持続可能な経済循環モデルとしても評価されています。2023年1月開催の「あきたSDGsアワード2022」では、受賞した6つの企業と教育機関の1つに選ばれました。白神研究所ではファームの草花の様子や収穫作業、研究員の声など日々の取り組みをSNSで発信するほか、地方ラジオ局エフエム秋田に番組を持つなど、地域とのつながりを大切にしたコミュニケーションを行っています。
「(アワード受賞は)大変名誉なことではあるが、もともとはSDGsを推進しようと思って始めたわけではない。アルビオンらしいものづくりをやろうとしたら、こういうところに行き着いた」と小平氏は話し、白神研究所の背景には、他社が真似できない独自性と価値を提案できる製品を作ろうという意志があるのだといいます。
植物原料開発はその1つの方法であり、自然環境に恵まれた白神山地と縁があったことをきっかけに、薬用植物を一から栽培することでオリジナル原料を実現し、さらには抽出技術を研究して自社技術として深化させることができたのは、地道な取り組みを積み重ねた結果だと小平氏は考えています。配合までのプロセスに必要な技術を自社内に蓄積することは、より一貫した研究と独創的なアイディアの基盤になり、アルビオンにとって大きな財産といえるでしょう。
「白神研究所でできることを増やしていくなかで、地域に対し貢献できることもいろいろある。今後もこの土地の豊かさを活かした新たな植物原料の育成と開発を続けていきたい」(小平氏)
Text: そごうあやこ
Top image and photo: 株式会社アルビオン白神研究所