2023年12月2日~17日 に開催されたVR空間の大規模イベント「バーチャルマーケット」。年2回ペースで開催される同イベントにロート製薬は2022年から連続4回目の出展となりました。今回はその出展の裏側に迫ります。
ロート製薬がバーチャルマーケットへ初めて出展したのは2022年夏のことです。まずは、メタバースとはどういうものか様子をみてみようとの側面もあり、「会場内の路上に設置した目薬の3Dモデルを水鉄砲で撃って遊ぶ」という、比較的シンプルな内容での出展でした。
出典:バーチャルマーケット公式サイト
実際に出展して感じたのは「従来のテレビCMやSNSでは接点の少なかった層への訴求効果」だったといいます。ロート製薬でデジタル施策などを手がけるロート製薬株式会社 マーケティング&コミュニケーション部 デジタルコミュニケーショングループ マネージャー 川名麻奈氏によれば「正確なデータを取得しているわけではないものの、SNSでの反応を見ていると来場者は比較的若年層の男性が多い印象を受けた」といいます。
ロート製薬株式会社 マーケティング&コミュニケーション部
デジタルコミュニケーショングループ マネージャー 川名麻奈氏
バーチャルマーケットへの出展が、これまで同社の情報に接する機会が少なかった潜在層に商品や企業そのものを知ってもらう機会になるとの手応えを感じ、3回目となった2023年夏は「スキンケアにあまりなじみのない人が製品を手に取るきっかけを作る」ことを出展の狙いに定めました。会場内にロート製薬独自の建物を作り、本格的なギミックを取り入れた、より深い体験ができるようにしたのもこのときからだったそうです。
出典:株式会社HIKKYプレスリリース
「Get Ready With Me」と題した空間では、起床してから出かけるまでの身支度をアバターで体験しながら、同社のスキンケアブランド「肌ラボ」シリーズを使ったスキンケアの正しいステップや役割を学べる内容でした。参加者が自身のアバターで体験する様子を動画に収めてSNSに投稿するなど、ネットでの拡散効果も高かったといいます。
2023年の冬のバーチャルマーケットでは、リップクリーム利用の習慣化をうながすことを目的に、「リップクリーム作り体験」を提供しました。これは、子ども向けの職業体験施設「キッザニア」で同社が提供しているハンドクリーム開発のプログラムに着想を得たものです。
ロート製薬の「社員」で同社の公式YouTuberでもある「根羽清ココロ」のガイドに従ってバーチャル店舗内のテーブルを移動しながら、材料を混ぜ合わせて溶かしたものを型に流し、冷やし固める行程をアバターで体験する内容で、リアル世界の作業をバーチャルで再現するだけにとどまらず、「バーチャルでしかできない体験」を作ることにも注力しています。
たとえば、材料となる固形の油を星の形にしたり、材料を混ぜ合わせたときにキラキラとしたエフェクトが出現したりと、メタバース空間ならではの驚きや楽しさを提供できるよう工夫しました。
さらに、体験を仮想空間内だけで終わらせることなく、リアルな世界へつなぐための施策も用意しました。今回の出展では、メンソレータムの看護師姿のマーク部分に根羽清ココロの絵柄をあしらった限定デザインのリップクリームやトートバッグをセットにした「冬の肌荒れ・乾燥に うるおいココロちゃんセット」をAmazonで限定販売。バーチャル空間で作った商品が、実物になって手元に届く体験を提供。空間内に設置されたパネルからAmazonの商品販売ページに移動して購入できる導線を設け、用意したセットは会期中に完売したといいます。
移動販売車をイメージしたパネルからAmazonの販売ページへ移動
また、SNSでの拡散を目的とした仕掛けとして、店舗の建物の2階部分にはフォトシール風の写真撮影ブースを設置し、ブースに入って操作を行うと、アバター姿の画像を撮影できる仕掛けを用意しました。単に画面のスクリーンショットを撮ったり、VRChatの写真撮影機能を使って撮影する場合とは異なり、オリジナルのエフェクトや文字の入った写真が撮れるものです。
このブースを設置した理由について、川名氏は「VRのイベントでは、アバターの友達同士が集まって記念撮影をして遊んでいる。そこにギミックを取り入れることで、より面白がっていただけるのでは?とチームメンバーと考えた」と話します。実際に体験したユーザーからも「こういう場があると写真が撮りやすい」「考えてみると、このタイプの撮影ギミックはバーチャルマーケットに今までなかった」などの声が寄せられ好評でした。
特筆すべきは、体験として提供した内容に対するフィードバックだけでなく、ロート製薬という企業そのものに対する好意的な評価も多い点です。SNSには「ロート製薬の役員にVRが好きな人がいそう」「柔軟な発想に対応できそうな会社イメージ」といった声が見られました。
ユーザーの評価どおり、新たなテクノロジートレンドやカルチャーに対する感度の高さはロート製薬の大きな特徴です。バーチャルキャラクターが世間で認知されるようになったばかりの2018年から、根羽清ココロを同社公式YouTuberとして起用し、メタバースのブームが始まって間もない2022年前半にはバーチャルマーケットへの出展を決めるなど、スピード感のある取り組みを行っています。その背景には、階層を設けて順々に上が承認するといった構造がない組織で「まずやってみる」ことを大切にする社内文化があると川名氏は明かします。
「そもそもバーチャルマーケットは、当時、すでに多くの固定ファンを持っていた根羽清ココロを活用できること、そして、VTuberになじみのある方とメタバースのユーザーが近いと感じたことから出展を決めた。社内のあちこちでやっていたことの点と点がつながったともいえる。今回の件に限らず、別個のものとして行われている社内の取り組みを素材のように集めて編集し、ひとつの形にして公開するケースは多い」(川名氏)
さまざまな取り組みを行うなかでは、短期的なチャレンジで終わってしまうケースも実は少なくないといいます。しかし、それを恐れずにいろいろ試してみることが可能なのもロート製薬の強みです。バーチャルマーケットに関しては、参加者の反応をみながらブラッシュアップしていけるとの感触が得られたことから、継続的な取り組みへとつながっています。
毎回の出展内容を企画するにあたって、チームメンバーと重視しているのは、「リアルで実現できているもので、バーチャルではできていないもの」「リアルで流行っているもので、バーチャルに取り入れたら面白くなりそうなもの」を、いかにしてバーチャルの世界に持ち込むかだと川名氏は話します。
リアル空間の体験をバーチャルで再現するには、さまざまな表現やギミックを効果的に使う必要があります。体験を適切に再現でき、かつバーチャルならではの楽しさを感じられるものにするために、社内のVRChatユーザーに企画を共有し、得られたフィードバックを取り入れたり、今回のケースであればキッザニアに足を運んで体験の工程について確認したりと、表現をよりよいものにするためのリサーチも欠かせません。「社内の部署メンバーは3名だが、周囲からのアドバイスを参考に企画をまとめ、実際の制作はバーチャルマーケットを主催する株式会社HIKKYにお願いしている」(川名氏)
ロート製薬は2024年夏のバーチャルマーケットにも出展予定で「より多くの人に訪問してもらえるものを作っていきたい」と川名氏は意気込みを語ります。
加えて、ブラウザからアクセスできるメタバース空間「Vket Cloud」を利用した常設メタバースの準備も進めています。というのは、今回の記事で紹介した展示はいずれも、VRプラットフォーム「VRChat」内で展開されたもので、VRChatはアプリを利用するために比較的スペックの高いPCが求められ、初期設定に複数の行程が必要になるなどVR初心者には若干ハードルが高いためです。それに対してVket Cloudは、スマホやPCから簡単にアクセスが可能で、通常のWebサイトに近い感覚で利用できることから、より広い層への訴求が期待できます。
「単に常設の空間を用意するだけで人を集めることは難しいので、エントリー層が気軽に遊べて、リピートもしやすい場として、イベントを開催するなどの多彩な活用方法を考えていきたい」と川名氏は話します。
Text: 酒井麻里子
Top image & photo: 著者撮影