現代社会において重要なキーワードであるDE&I(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)。米国の化粧品業界では2017年ローンチの「Fenty Beauty」が40色(2024年8月現在は59色展開)のファンデーションを発表したことを皮切りに、さまざまなブランドが意識した展開をしています。小売店では、セフォラがいち早くかつ真摯にDE&Iに取り組み、業界内でもリーダーシップをとっています。今回はセフォラによるDE&Iの取り組みを5つ紹介します。
セフォラは、2016年10月に、キャリアチェンジや人生の転機に直面している人々に、メイクアップやスキンケアの基本を教えることで自信を育むことを目的とした「クラス・フォー・コンフィデンス(Classes for Confidence)」をスタート。セフォラのソーシャルインパクトの責任者であるコリー・コンラッド(Corrie Conrad)氏は、「このプログラムの目的は、コミュニティとつながり、楽しみ、参加者が自信と美しさを感じ、これから待ち受けるどんな困難にも立ち向かう準備ができるように支援すること」と語っています。
2018年には、トランスジェンダーコミュニティのための「クラス・フォー・コンフィデンス」もローンチ。本人だけではなく、家族や友人の参加も可能とし、「スキンケアのヒントを得て、自分の肌色に最適な色合いを見つけ、完璧な仕上がりを実現する」ことをテーマに90分のセッションを行います。
2019年には「Brave Beauty in the Face of Cancer」などのクラスを通じて、がん治療中の人々を支援するための特別プログラムも開始しました。がん治療による外見の変化に対処するためのメイクアップ技術や製品を提供して、参加者が自信を持てるようにサポートするのです。
参加者一人ひとりのニーズが十分に満たされるように、1回のセッションの人数は12名までと、クラスの規模は小さく設定。参加者3~4人ごとにコーチが同席し、追加の実践的なサポートを提供しています。また、「がん治療による脱毛や皮膚への影響は性別に関係ない。私たちはすべてのお客様にとって安全な場所でありたい」(コンラッド氏)として、女性のみならず、男性の受け入れも行っています。
2018年に全米で行われたギャラップの調査結果では、黒人の客がオフィス、レストランなどよりも、リテールの現場で不公平な扱いを受けることが多いことが明らかになり、リテール業界全体での人種バイアスの課題が浮き彫りになりました。
セフォラ内部でも多様性と包括性の向上に対する意識が高まっていた時期で、セフォラがリテール業界全体でのリーダーシップを発揮するために、アカデミアと連携して独自の調査を実施することになり、セフォラが2019年から2020年にかけて世界で初めて実施した「Racial Bias in Retail Study(小売業における人種偏見に関する調査)」では、黒人の買い物客が白人の2.5倍不公平な扱いを受けることが判明しました。
この調査結果をまとめたのが「The Racial Bias in Retail Report(小売業における人種偏見に関する報告書)」で、これらの調査結果にもとづき、セフォラは店舗体験の改善、従業員トレーニングの評価、多様なブランドの取り扱い拡大などを実施しています。
セフォラは2020年に「15 Percent Pledge(15%の誓約)」に署名し、製品ラインアップの15%を黒人によって創設や所有されているブランドに割り当てることを決めました。この誓約により、黒人コミュニティの経済的なエンパワメントを支援しているセフォラは、店舗で人種や性別、年齢に関わらず、すべての顧客の買い物のしやすさを促進し、多様な顧客層に対応する努力を続けています。また、店舗内外に顧客サービス専門家を配置し、棚スペースが適切なレベルで黒人所有のブランドに割り当てられているか、どのセグメント(スキンケア、メイクアップ、フレグランスなど)において改善が必要なのかを特定し、計画を実行しています。
さらに、有色人種の創業者支援プログラムにも力を入れています。「有色人種コミュニティのビジネスが成長すれば、雇用や機会が生まれ、安定と世代的な繁栄につながり、何十年にもわたってプラスの影響が生まれる可能性があることを、セフォラは認識している」とセフォラのスキンケア&ヘアケア・マーチャンダイジング担当シニアバイスプレジデント、プリヤ・ヴェンカテシュ(Priya Venkatesh)氏は、『フォーブス』のインタビューで語っています。
参考:セフォラのブラック・ビューティ・コミュニティの支援の全体像
2016年からセフォラが開催しているアクセラレータープログラム「セフォラ・アクセラレート(Sephora Accelerate)」は、美容業界に革新的でインスピレーションを与えるブランド創設者を支援するために設立されました。2021年には、とくにBIPOC(Black, Indigenous, and People of Color:黒人、先住民、有色人種)の創設者を支援するために再編され、セフォラの15 Percent Pledgeにもとづくコミットメントを反映しています。
このプログラムでは、参加者に対して6カ月間のカリキュラムを提供し、メンタリング、商品化支援、資金提供の機会、投資家とのネットワーキングなどを通じてブランドの成功をサポートします。また、プログラム修了後にはセフォラでのブランドローンチの機会も与えられます。
セフォラはセフォラ・アクセラレートを通じて多様なブランドをサポートし、包括的な製品ラインアップを提供することで、顧客の多様なニーズに応えています。
出典:Sephora Accelerate公式サイト
セフォラの「チャリティ・リワーズ(Charity Rewards)」プログラムでは、セフォラの美容好きファンのためのオンラインコミュニティ「Beauty Insider」ポイントを使って顧客が寄付を行うことができます。月ごとに、セフォラがDE&Iの基準で選んだ異なるチャリティ団体に対して寄付が行われ、たとえば、カナダのBlack Solidarity Fundに対し5万ドル(約770万円)を寄付したことなどがレポートされています。
このような取り組みが、マイノリティグループの経済的基盤を強化し、社会的な不平等を解消する一助となるとセフォラは考えており、実際に顧客が自身のポイントを寄付することでDE&Iの推進に寄与していると感じられ、セフォラへの信頼、ブランドロイヤリティが強化される側面もあります。
このプログラムの存在は、顧客だけではなく、セフォラの従業員に対してもDE&Iの価値観を浸透させる役割を果たしています。従業員が顧客とともにチャリティ活動に参加することで、職場環境全体のエンゲージメントが向上。このことが、セフォラにとっては多様な人材を引きつけ、長く働いてもらうための魅力のひとつにもなっています。
2030年までにミレニアル世代が市場経済の行方を決める原動力になると予測されている米国。セフォラはこうした取り組みで、DE&Iの価値観に敏感であるミレニアル世代、Z世代だけでなく、ミレニアル世代を親に持ち、生まれながらにDE&Iが当たり前の価値観の環境で育ったアルファ世代からも支持を受けているのです。
Text: 秋山ゆかり(Yukari Akiyama)
Top image: Elliott Cowand Jr via Shutterstock