自分だけのオリジナルのアイシャドウパレットがその場で作れるとSNSでも話題を呼んだKATE iCON BOXや、自分が欲しい化粧品サンプルをタッチパネルで自由に選べると毎日行列ができる@cosme OSAKAのコスメサンプルスタンド。これらは、自販機形什器に各種の診断機能やそれとひも付けたシームレスな商品排出機能、商品への名入れ機能などを盛り込めるTOPPANの「AIレコメンドベンダー®」をベースに設計されています。開発の背景を関係者に聞きました。
出典:TOPPANホールディングス株式会社プレスリリース
もともとAIレコメンドベンダー®は、コロナ禍において新たなユーザー接点の設計をTOPPANとKATEそれぞれが検討していたことをきっかけに、構想段階から双方で意見を擦り合わせ、開発したものだといいます。「非接触でも可能な、ブランドのファンになってもらうための新たな顧客体験を作りたいという強い要望がKATE側にあり、2021年初頭からディスカッションや実製作を進め、2021年9月にKATE iCON BOX第一弾を公開。その後、2022年1月にTOPPANで独立したサービスとしてAIレコメンドベンダー®をリリースした」とTOPPAN株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ビジネスプロデュースセンター課長 鉄矢俊一氏は経緯を振り返ります。
ビジネスプロデュースセンター課長 鉄矢俊一氏
画像提供:TOPPAN株式会社
KATE iCON BOX第一弾は、KATEのスターアイテムである単色アイシャドウ「ザ アイカラー」の実店舗販売カラー全26色から、利用者一人ひとりに似合う4色を、AI技術とKATE独自ロジックをかけ合わせた顔印象分析によって選び出し、「KATE オリジナルアイシャドウパレット」や、利用者の名前をプリントした同パレットの保護シートとともに排出するものです。2023年11月現在、全国の小売店やポップアップイベント会場などを約1〜2カ月の期間限定で巡回しています。
利用者の顔の特徴を瞬時に識別する機能としては、パーフェクト株式会社の「AI顔分析」が使われていて、利用者がディスプレイに表示される自分の顔でメイクの仕上がりを確認できるメイクシミュレーター機能も備えます。
鉄矢氏は「レコメンドだけ、メイクシュミレーターだけの単発の施策では、従来どうしても利用者のリアルな体感に繋がらないところがあった」といい、4色のアイシャドウを同時に排出したり、またその場で名入れしたりできる一連の体験の流れを作った点がKATE iCON BOX第一弾の特徴であり、こだわった点だといいます。
また、そのための内部構造は自社で新規開発したそうです。「既存の自販機を改造し活用することも検討した。しかし、KATEでは、Web上でもすでにレコメンド機能を公開していて、それを参考にECで商品を買うこともできる。リアルでしかできない体験、人に自慢できる体験でなければ、お客さんはわざわざ実店舗に来てはくれない。ゼロから作り、やりきろうとなった」(鉄矢氏)
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また、2022年10月から香港のマツモトキヨシコーズウェイベイ店に常設されているKATE iCON BOX第二弾は、プリクラのようなブース型で利用者の顔だけでなく全身の撮影と分析も可能としています。骨格やその日着ている服装の色味などから、2パターンのメイクとそれを実現する商品をレコメンド。導入から1年以上たった2023年11月現在も多くの人に利用される人気コンテンツになっています。
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さらにKATEは、2023年9月に東京・渋谷にオープンしたマツモトキヨシ SHIBUYA DOGENZAKA FLAGで第三弾として「KATE MULTIVERSE HOLE」を公開。同機は利用者が穴を覗くと普段と全く別の印象でメイクをする自分が現れ、メイクの可能性を体験でき、かつレコメンドアイテムをそのままシームレスに手に取ることができるというものです。
鉄矢氏は「(診断ソリューションを提供する)協力企業によっては、例えば肌質の分析でスキンケア商品をレコメンドしたり、そのほかにも声質や表情でその人の喜怒哀楽などの感情を分析し、それをもとにレコメンドをしたりといったことも可能」といいます。
TOPPAN株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ビジネスプロデュースセンター 佐藤千恵氏も「我々は従来からお客様のお悩みを伺いながら、『こんな機能が追加できるのではないか』と一緒に作っていくことが多く、AIレコメンドベンダー®でも同様に取り組んでいきたい」といいます。
ビジネスプロデュースセンター 佐藤千恵氏
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@cosmeの関西旗艦店として2023年9月にオープンした@cosme OSAKAに設置しているサンプル配布機コスメサンプルスタンドもニーズのくみ上げからTOPPANが携わっています。
@cosme OSAKAのDX責任者、株式会社アイスタイルリテール リテールカスタマーエクスペリエンス本部 副本部長/RCX戦略室 室長 宮田晃佳は「@cosme OSAKAは東京・原宿の旗艦店 @cosme TOKYOと同じように歴代のベストコスメを並べた”ベスコスウォール”を設置するなど、”コスメのテーマパーク”という基本コンセプトは同じ」としながらも「単に関西初の旗艦店というだけではない、良い意味で差別化できる店舗作りも追求している」といいます。
【@cosme for BUSINESSトレンドコラム】 「@cosme OSAKA」潜入レポート ~9/1オープン!関西初のフラッグシップショップ~
そして商品やブランドとの「出会い」を一番の理想として顧客体験を設計しているなかで、コスメサンプルスタンドは「『自販機の形をしているのにサンプルがもらえる』というギミック的な目新しさ、楽しさがあると思った」と設置理由を明かします。
副本部長/RCX戦略室 室長 宮田晃佳
鉄矢氏も「自販機の形状には誰しもが慣れており、ぱっと見たときに役割がイメージしてもらいやすい」といいます。
コスメサンプルスタンドはハードとしては飲料用の自販機をベースに活用し、飲料の缶と同等サイズのカプセルにサンプルを入れてセットしています。利用者は@cosmeアプリの会員証バーコードをリーダーにかざすことで、1日1回まで、好きなサンプルをタッチパネルで選んで入手できます。
2023年9月に@cosme OSAKAがオープンしてから同11月現在までの毎日、午後早い時間には設置している2台どちらも中身をすべて排出してしまうほどの人気で、SNS上には日々コスメサンプルスタンドの体験動画が投稿され情報拡散されている状況です。
「コスメサンプルスタンドはフォトスポットにもなるよう外装をデザインした。しかしInstagramやTikTok には、そこで撮った記念写真や、サンプルそのものを写した写真よりも、体験の様子の一部始終を動画で撮影した投稿が多いのは想定外だった。それらの動画がコスメサンプルスタンドをまだ使ったことのない方の興味を喚起しつつ使い方も拡散してくれるという好循環になっている」(宮田)
また宮田は「サンプルはただ配るのではなく、ユーザーに欲しいと思ってもらえることが重要。コスメサンプルスタンドは計20ブランド(アイテム)ほどのなかから、気になるサンプルを選べるところが体験価値になっている」といいます。
そのほかの波及効果として、利用者の半数以上がコスメサンプルスタンドをきっかけに@cosmeアプリをダウンロードし、新たに@cosme会員になっている状況があります。「(コスメサンプルスタンドで取れるデータとしての)リピーターもそれなりに増えてはいるが、2023年11月現在2割ほどで、意外に多くない。サンプルを目当てに通っていると思われる会員も3〜5回に1回は何かしらの購買を行っているというデータも出てきており、集客だけでなく購買にも繋がっている」(宮田)
また、コスメサンプルスタンドは来店客の行動を分析する装置のひとつとしても機能しています。アプリの来店ポイント制度やレジでの購入履歴などとデータを掛け合わせることで、来店客が店内でどのような買い回りをしているかを知るのにも活用できているのです。
どのサンプルを選んだのかもユーザーIDとひも付いて履歴が残るため、@cosmeユーザーの行動データを用いたマーケティングサービスである「ブランドオフィシャル」と連携して、排出したサンプルの数量などの可視化や、サンプルを入手したユーザー宛にブランドからメッセージを送ることができる機能も現在開発中です。サンプルを入れるカプセルの中に一緒にチラシを入れて使い方を説明したり、QRコードでブランド公式オンラインショップや@cosme SHOPPINGなどECサイトへ誘導したりするといったことも可能となっています。
「サンプルは、美容部員さんが対面のカウンセリングの際に手渡すことももちろん重要。それに加えて、無人で好きなものを選んでいただく、ということも価値だと今回一つの形が見えた。@cosme SHOPPINGのサンプル販売サービス『TRY at HOME』のような有料の形もある。今後もブランドと顧客の出会いをどう作っていくのか、検討を重ねたい」(宮田)
KATEや@cosme OSAKAの事例から、自販機型什器は今後のリテールテック領域に大きな可能性を秘めているといえるでしょう。TOPPANでは現在、AIレコメンドベンダー®に決済機能も実装できるよう研究開発中です。これまでは決済機能がなく、排出された商品の購入は設置店舗のレジで行う必要がありました。決済機能を搭載することで今後、例えば駅や大型商業施設、ホテルなどに単独設置しての展開も考えられます。
「今後、こういった自販機型什器は、2つの方向性を示していくと考えている。1つは、今回のKATEや@cosme OSAKAのように体験設計を重視してユーザーに楽しみを提供するいわば『リテールテインメント』としての方向性、もうひとつがこれからの人手不足に備えての無人販売のための什器という方向性だ」(鉄矢氏)