株式会社資生堂のSHISEIDOとマキアージュから発売されているファンデ美容液は、長年にわたるR&Dの成果と、そのファンデ美容液の本質を実感し発信したユーザー、そして、ファンデーションを積極的には使わない層に向けたマーケティングが奏功して爆発的なヒットとなりました。その背景や経緯について、関係者に詳しく話を聞きました。
“美容液で彩る”という逆転発想を叶える「セラムファースト技術」
日本を中心に展開する「マキアージュ」は、2019年にファンデーション市場シェアが過去最高を記録しました。マキアージュは、“まるで「キレイな素肌」を叶える”のキャッチコピーで人気を博していましたが、「まるで」ではなく、本当に肌をキレイにし、肌の負担をポジティブに軽減するファンデーションを作ろうというのが開発チームの当時からの命題でした。
ファンデーションの開発の歴史を振り返ると、いかに肌に負担なく、かつスキンケア効果を高められるかが、ここ20〜30年の大きなトレンドです。しかし、そこには「超えなくてはいけない壁」がありました。
一般的なファンデーションは、W/O乳化型(Water-in-Oil, 油中水型)で外側が油の相で、内側が水の相となります。塗布した際、肌に最初に触れる油の相に粉末を入れてつくられており、カバー力や化粧持ちに優れるものの、今のユーザーが求める軽さやみずみずしい付け心地という点には課題が残ります。これまで、水の相の部分に保湿剤をはじめとした美容液成分を配合する手法もとられましたが、肌に最初に触れるのが油の相であるため、なかなか思ったようなみずみずしさを実感してもらうのは難しかったのです。
10年以上前からこの課題を何とかして解決したいと研究を続けてきたのが株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所 博士(理学)三浦由将氏です。W/O乳化型とは真逆の、美容液で用いられるO/W乳化型(Oil-in-Water, 水中油型)、つまり、内側が油で、肌に最初に触れる外側が水という技術を採用できないかと思いつきました。
株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所 博士(理学)三浦由将(よしまさ)氏
「このアイディアを思いついてから、乳化技術の基礎研究を積み上げ、製品開発の研究者と連携しながら開発を進めました。製品化においては、メイクアップの機能として色や仕上がりが安定すること、テクスチャーに関しては粉っぽくならずに美容液成分の感触を維持できるようにトライアンドエラーを繰り返し、仲間とともに1,000回以上は試作を行っていると思います。しかし、そこに至るまでにも相当な試行錯誤がありました」(三浦氏)
当初は、美容液成分が入った液にファンデーション成分の粉末をそのまま混ぜ込むように配合しましたが、それでは粉っぽいテクスチャーになってしまい、かつ汗で崩れやすく、化粧持ちもあまりよくないものになってしまいました。であれば、美容液成分の入っている外側の水の相ではなく、内側の油の相に粉末を閉じ込めてしまえばいいのではないか、とここでも逆転の発想でチャレンジを続けました。
そこで編み出したのが、ファンデーションの粉末を油でくるみ、それをミクロレベルにカプセル化して美容液で包むP/O/W乳化型です。肌につけたときに、美容液がまず肌に広がりその上にファンデ成分が均一に広がるこの技術は「セラムファースト技術」と名付けられ、みずみずしい感触やスキンケア効果を実感でき、かつカバー力や、化粧持ちといった従来のメイクアップ効果もある画期的な製品が誕生しました。
逆転の発想でうまれた「セラムファースト技術」
三浦氏は、「美容液に粉末をいれる、閉じ込めるという発想は、基本的にスキンケアの開発からはなかなか考えにくいものでした。しかし、私たちが一番重要視するのは、生活者への新しい価値創造と提案です。生活者のメリットはどこにあるのかをつねに考え、常識にとらわれずスキンケアとメイクを両立させることは私たちの長年の夢でもありました。それに対してチャレンジができる組織風土と環境、『やってみよう』という研究所のフィロソフィーがあったことで実現できました」と語ります。
このセラムファースト技術は、株式会社アイスタイルが主催する「The 5th Japan BeautyTech Awards」で大賞を受賞しました。
今後は、生活者ベネフィットとなるスキンケア性をより高めた製品、多様なメイクアップの仕上がりを表現できる製品、そして将来的には他のカテゴリーにもこの技術を応用して新製品開発に引き続き取り組んでいきたいと三浦氏はいいます。
ノーファンデ・レスファンデ層に向けて新カテゴリーでアプローチを強化
美容液でファンデ成分を包むというまったく新しい発想の製品ではありましたが、実は製品発売当初はそれをメインで伝えられていなかったそうです。しかし、そのよさは、いち早く使用したユーザーの間でクチコミで広がり、「ファンデのふりした美容液」「もはや色付き美容液」といったキャッチーなワードをユーザー自身が生み出し使っていました。
このユーザーの動きに着目した、資生堂ジャパン株式会社 新価値創造マーケティング本部 本部長 北原規稚子氏は、ファンデーションにおける「じゃないほう消費」に注目。増加していた「ノーファンデ派」、色付きベースメイクやファンデを週4日以上使わない「レスファンデ派」の7割に向けたマーケティング施策を検討しました。
「コロナ禍では、『スキンケアのみで過ごしたい』『ファンデーションは肌に負担だと感じる』という気持ちが顕在化してきていました。また、自分のために心地よく過ごせる時間を大事にしたい“ご自愛思考”が高まるなかで、肌が健康のバロメーターになっており、とくに未来の自分の肌に投資する人が、20〜30代を中心に増えていることもわかっていました」(北原氏)
資生堂ジャパン株式会社 新価値創造マーケティング本部 本部長 北原規稚子(みちこ)氏
こうした消費者ニーズを確実に捉え、それに応えられる製品としてヒットしていたSHISEIDOとマキアージュのファンデーションの良さを裏付けるために、改めて研究所の話を聞いたところ、これまでとは全く異なる逆転発想で開発されたストーリーや独自性が、実はユーザーに伝わっていないことがわかりました。
北原氏は、「スキンケア効果が高いファンデーションは、にわかに市場ができ始めてはいましたが、なかでも本格的に美容液といえる技術を持っているのは資生堂のみだと確信しました。そこで、『ファンデ美容液』という新カテゴリーを作ることで訴求を強め、心地よく肌を育みながらメイクを楽しむことができる世界観を伝えるべく、お客様のUGC(ユーザー生成コンテンツ)を活用してそのままコンセプトを作り、技術のポイントを誰にでもわかりやすく伝わるようなアイコンや動画を用意して発信していきました」。
社内で反対が多かったテレビCM「さようなら、ファンデーション。」
また、テレビCMでは女優・河合優実氏を起用し、「さようなら、ファンデーション。私は、ファンデ美容液」という新選択を宣言するCMを展開することで、新しい化粧文化を広めるためのコミュニケーションを展開しました。このCMについては、社内では反対意見も多かったといいます。
出典:株式会社資生堂プレスリリース(CMカット画像)
「これまでも資生堂が従前とはまったく違うカテゴリーを生み出し、化粧文化を塗り替えていったときを振り返ると、もっと衝撃的なことやっていました。たとえば、1966年に前田美波里氏が出演した『太陽に愛されよう』のポスターなど非常にインパクトがありました。10人中8人が賛成する案は既視感があり、10人中8人がはじめは不安になり反対するときの方が市場を切り開いてきたという経験値がありました。ただ、既存のファンデーションを否定する印象にならないように、河合氏を生活者のひとりとして主語にして、『私はファンデ美容液を選択する』という新たな選択肢というスタンスを伝えることに配慮し、最終的に経営層と合意してこの案に決定しました」(北原氏)
こうしたマーケティングと連動して、セラムファースト技術の独自性や逆転発想の斬新さを誰にでもわかりやすい言葉で伝えなおすことで、ファンデ美容液は一気に注目を浴びました。
@cosme TOKYOと@cosme OSAKAでは、体験型機会限定ポップアップを開催
2024年5月22日(水)~5月28日(火)には、@cosme TOKYOと@cosme OSAKAで「SHISEIDO」と「マキアージュ」のポップアップイベントを同時開催しました。
体験コーナーでは、ハンディスキンセンサーを使用して肌にあったファンデの色選びができるほか、みずみずしい美容液カプセルの中にいるような世界観で記念撮影ができるフォトスポットも登場。
さらに、SNSにイベントの様子を投稿すると、「SHISEIDO」と「マキアージュ」のファンデ美容液のサンプルや景品があたる抽選くじに参加できるほか、ファンデ美容液のうるぷるの質感をイメージした特別なスイーツがもらえる投票コーナーも用意されました。
その結果、非常に多くの方に商品を体験いただき、
その後も、UGCが拡散され、市場シェアは右肩上がりで上昇。両商品ともに既存品にもかかわらず、2024年12月には過去最高の月次売上を記録しました。
北原氏は、「新製品を開発するだけでなく、既存品でも時代に合わせてしっかり価値を伝えることができれば、受け入れてもらえることを証明できました。データだけではなく、その裏にある消費者の心理を読んで、その先の未来を作る。人間にしかできない発想でこれからも新たな価値を考えていきたい」と語りました。
「いま日本からはなかなかイノベーションが生まれないといわれているなかで、『いつも新しいワクワクは資生堂から』をリードしていきたい。そのためには、日本においては人口減少の時代に、同じパイを奪い合い、どちらの機能がよいかのベター競争をするだけでなく、新技術を使って社会的に良い変化をもたらす美の新価値を創造し、日本のビューティ市場を輝かせて日本から世界に向けてビューティトレンドを作っていきたいです」(北原氏)
Text: 小野梨奈
Top image & photo: 株式会社資生堂