WWDJAPANとBeautyTech.jpが共催し、ファッションと美容業界の関心事や課題を一緒に考えていく共同講座を開始しました。第一弾は「『どう』やるの?ではなく『なぜ』やるか?を問うSDGs」がテーマです。今や企業にとって必須の取り組みとされるSDGs施策を、社内外に浸透させるのに必要なマインドセットや具体的な推進事例について、花王とシチズン時計からのゲストとともに活発に話し合いました。
2021年10月7日に開催した初の共同企画ウェビナーでは、ビューティ業界から花王株式会社 ESG部門 部門推進・ESG広報担当部長 大谷純子氏、ファッション業界からはシチズン時計株式会社 商品開発本部 商品企画部 第二企画課 前田花菜氏をゲストに招き、WWDJAPANの編集長 村上要氏とBeautyTech.jp編集長 矢野貴久子が進行を務めました。
誰もが共感できる想いとして発信、“エモい” SDGs
ウェビナーの冒頭、村上氏は今回のテーマである「なぜ」SDGsをやるかという問いは、企業にとってSDGsに取り組むパーパス(目的)を今一度考えてみることだと説明します。それは、たとえば、サステナブルなエコシステムやダイバーシティ(多様性)に富んだ組織を築く理由はどこにあるのかを明らかにすることです。その際に大切なのが、受動的未来志向ではなく、能動的未来志向にもとづいて考えていく姿勢だと村上氏は話します。
つまり、「サステナブルじゃないと会社は生き残れない」というのではなく、「サステナブルなら会社はもっと発展する」と発想したり、あるいは「ダイバーシティじゃないとバッシングされる」ではなく、「ダイバーシティなら自分も働きやすくなる」と思考するべきではというのです。
CSR(企業の社会的責任)の名のもとに、義務感で施策を進めるばかりでは、担当者が孤軍奮闘する結果になり、組織内に浸透しにくいと村上氏は指摘。なぜなら「今やらなくちゃ、数十年後の地球は…」と迫られると、人々はそれが正しいことは「頭ではわかっている」けれど、怒られているとか、押し付けられているようにも感じ、心からの理解や、自分も参画したいという共感につながらないからです。これは社内スタッフでも消費者でも同じことがいえるでしょう。
村上氏は「『やらなくちゃ』だととてもつらい。でも自分から『やりたい』と思えたら楽しくなる」として、一人ひとりが自分ごと化して能動的に、SDGsに向けたアクションの「その先にあるもの」をみていけるといいのではと考えています。そして、人々を巻き込んでいくためには、心に響く「エモいコミュニケーション」が求められると話します。
生活者に向けて呼びかけるKirei Lifestyle
同じく「やらねばと号令をかけるだけでは、(人は)付いてきてくれない」と話すのは、花王の大谷氏です。花王ではESG戦略として「Kirei Lifestyle Plan」を掲げています。Kirei Lifestyleとは「こころ豊かに暮らすこと」であり、「すべてにおもいやりが満ちていること。自分自身の暮らしが清潔で満ち足りているだけでなく、周りの世界もまたそうであることを大切にすること」と定義されています。大谷氏は「花王の従業員も、(職業人である前に)日々を暮らす生活者。世界に存在する私たち一人ひとりがKirei Lifestyleを手に入れるためにSDGsを進めていく」と、Kirei Lifestyle Planに込められたメッセージの主旨を語ります。これは、SDGsの達成によって実現する未来を自分のこととして思い描いてみようという、人々への呼びかけともいえるかもしれません。
あわせて、このビジョンの背景には、花王が130年の歴史のなかでずっと持ち続けてきた「よきモノづくり」への理念があるとします。花王は、顔を洗うのに使えるほどの高品質な石鹸を国産で作り、よりよい暮らしと社会に貢献したいとの思いから創業されました。そこから大谷氏は、「なぜ存在するのかという企業としての原点に一度かえると、SDGsを進めるうえでのヒントがあるのではないか」と示唆します。製品を提案・提供することで人と社会の役に立つというこのスピリットは、花王の企業活動の原点であり、花王グループの全従業員が共有する「花王ウェイ」という企業理念として現在も受け継がれています。
これを受け、Kirei Lifestyle Planでは、「快適な暮らしを自分らしく送るために」「思いやりのある選択を社会のために」「よりすこやかな地球のために」という3つのコミットメントの柱を設け、それぞれのフィールドで、ユニバーサルプロダクトデザイン、サステナブルなライフスタイルの推進、脱炭素やごみゼロなど、具体的な重点取り組みテーマを進めていると大谷氏は説明します。
花王のESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」
画像提供:花王
社会課題解決に貢献する製品や技術により全体的なサステナビリティへ
一方、シチズンでは「本業を通じて、SDGsの達成を含む社会課題の解決に寄与し、次の100年も継続できる企業を目指す」ことをうたい、社会課題解決に貢献する製品・サービスを生み出すことと、事業プロセスにおいてバリューチェーン全体を持続可能にすることで価値を創出するとしています。
時計をつくるための技術として、シチズンには、部屋の蛍光灯やデスクライトのような日常のわずかな光でも時計を駆動できる「エコ・ドライブ」や、長期間にわたり使用しても劣化しにくい潤滑油「AOオイル」、スマートウオッチと連携するIoTプラットフォーム「Riiiver」など、サステナブルな独自技術がすでに蓄積されています。「こうした個別アイテムを小舟に見立て、それらを1つの大きな船『CITIZEN SHIP』に乗船させたと考えると全体イメージがわかりやすいのでは」と、前田氏はイラストとともに説明します。
SUSTAINABILITY CITIZEN SHIP
画像提供:シチズン
そして、シチズンの思想を体現するサステナブルウオッチとして今回紹介されたのが、2016年にリターゲットされた女性用腕時計ブランド「CITIZEN L」です。内面も美しい時計を作りたいとスタートしたCITIZEN Lは「サステナブルありきではなかった」と前田氏は語ります。地球の美しさを子どもたちに受け継いでいきたいというポジティブな想いから生まれたAmbiluna Collectionの新作は、「この星の奇跡を纏う」をテーマに、地球の四大元素の地・水・火・風にインスパイアされたデザインが特徴で、未来に残したい美しい地球の神秘を表現しています。デザインだけでなく、定期的な電池交換が不要で廃棄電池を削減するシチズンの独自技術のエコ・ドライブを搭載するだけでなく、時計に使用する素材も、環境に配慮した素材を積極的に採用しています。一例では、100%ラボで生まれる合成ダイヤモンドをはじめ、パイナップル農家で大量に廃棄される葉の繊維から作られる天然素材(パイナップルレザー)や、回収されたペットボトルをリサイクルした繊維をバンドに使用するなどしています。
CITIZEN L AMBILUNA COLLECTION
出典:CITIZEN L公式サイト
若い世代の女性ユーザーから高い支持を受けているブランドながら、「地球を未来に残せるかは、今の私たちの選択と行動にかかっている」という問題意識を背景とする、CITIZEN Lの価値観や世界観、その目指すところを社内で理解してもらうのは簡単ではなかったと前田氏は明かし、CITIZEN Lのブランドコミュニケーションにおいて大切なことをまとめたガイドラインを社内資料として作成したとします。そのなかで、ブランドの背景や役割をわかりやすく説明するのに加えて、「サステナブル/サステナビリティってどう説明したらいいの?」「そもそもサステナブルで時計って売れるの?」といった、現場からの率直な質問に答えるクエスチョンリストを添えることで、意識の共有を図りました。
消費者がうしろめたさを感じなくていい製品提案
最後に設けられたディスカッションタイムでは、矢野がウェビナーの視聴希望者から事前に寄せられた質問をキーワードとして提示しました。なかでも、SGDsの推進によりモノがたくさんある生活モデルが変わり、商品の「流通量が減ったときの美容ビジネスはどうなるのか」という問いに対し、村上氏は若い層の間ではすでに、必要以上にモノを使うこと、買うことへのうしろめたさが形成されつつあると指摘します。そして、物理的なモノよりも付加価値やサービスに対してお金を払う方向に変わっていくと思うと話します。
また、大谷氏は「少ない原料でより効果のある製品、たとえば、毎日快適に使えて、かつ水や原料の使用を減らした商品を開発」することで、消費者が罪悪感なく購入や愛用ができればビジネスとして成り立つという可能性を示しました。
村上氏も「サプライチェーン全体で無駄がなくなるということは、その無駄を生産していた時間や労力が削減できるということ」と語り、理想論かもしれないがと前置きしつつ、そこで得られた時間と労力を別の方向に振り分けることで、原価が上がってもビジネスになるのではないかとの見方を述べました。
★特別企画
ウェビナー視聴者からの質問にWWDJAPANとBeautyTech.jp編集長が回答
ウェビナー申し込み時のアンケートや当日オンラインで寄せられた視聴者の質問や悩みから、@cosme for BUSINESS編集部が代表的な問いを3つピックアップ。村上氏と矢野が思うところを語りつつアドバイスします。
質問1 会社方針としてサステナブル施策を始めたいが、何から手をつければ良いかわからない
回答(村上編集長)
ウェビナーでもお話しましたが、まず自社で「もうすでに取り組んでいるサステナブル施策」を探してみましょう。多くの企業をみてきましたが、「サステナブルな取り組みがゼロだった」企業はほとんどありません。むしろ、「今まで気づいていなかったけれど、そうか、コレは社会や地球のためになっている」という取り組みを、長期にわたり、当たり前のように実践している会社が少なくないのです。
たとえば日本には、古くから所有する倉など「もともとあった建物をリノベーションして使い続けている企業」や「地域の人々と交流するイベントを開催してきた事業所」、あるいは「組織のルールや仕組みを変え、自分らしくパワフルに働けるように変革した人」が存在します。それらは17あるSDGs(持続可能な開発目標)に何らかの形で関わる行動です。
その視点から「もっとリユースできる施設や資材はないか?」「交流する地域の人に、何を伝えれば世の中のためになるか?」「身の回りの環境のために変えたルールや仕組みを会社全体や地域にも広げることはできないか?」と思考すれば、無理のない形で、独自のSDGs戦略を練っていけるはずだと考えます。
yukipon via Shutterstock
質問2 社内のさまざまな部門やブランドがSDGsに取り組み、それぞれ多彩な活動をしているが、お客様や世の中にその具体的な内容や意義をうまく伝えきれていないため、会社やブランドの魅力として理解されていない
回答(矢野編集長)
会社のなかで、さまざまな部門やブランドが取りくんでいること自体が素晴らしいと思います。会社として大きな方針を掲げる一方、それぞれの取組み自体は各ブランドに任せているという意味では、花王、ロレアル、LVMHが同様の方法をとっています。 いずれも全体的な方針はIR(イベンスター・リレーションズ)のような形で、株主などステークホルダー向けに広報し、各ブランドはそれぞれの顧客ターゲットに対し、ダイレクトにコミュニケーションしている傾向にあります。
その意味では、消費者向けには、今回のテーマでもあった「なぜやるのか」がブランドの存在意義と結びつけて説明しやすく、消費者にも理解されやすいと感じます。また、担当者の熱意が伝わる表現方法をとるなどの工夫をすると、共感を得られるのではないでしょうか。
一度プロジェクトメンバーのなかで「なぜやるのか」のキャッチフレーズ(WHYなのでパーパスと呼んでもいいと思います)のブレストをやって、どういう言葉やクリエイティブがしっくりくるのかという議論をしてみるのもよいかもしれません。プロジェクトメンバーが腑に落ちる言葉やクリエイティブは、消費者で同じ意識をもっている方々にしっかり刺さるはずと思っています。
質問3 モノを大切に使うということは単純に流通する物量が減るわけで、その分の販売商機を逸することになり、売る側には打撃だ。補填する別の売上をどう作っていけばいいのか。たとえば、アイシャドウなどの商品は最後まで使い切るものではなく、“ときめき”がなくなれば次のものに乗り換えるとの購買行動が現在あり、それ故に限定アイテムやシーズンアイテムが売れるという見方もある。サステナブルを推進したい気持ちと商売の面からの葛藤への向き合い方を、ファッション業界の目線で説明してほしい
回答(村上編集長)
おっしゃることはよくわかります。私自身は、ファッション業界の多くのブランドが「上質な素材を使い、シンプルな洋服作ることで、普遍性を追求する」ことばかりに傾倒している点に疑問を抱いています。むしろ「トレンディな洋服を、どうやってサステナブルに作り続けるか?」を考えるべきで、その意味で「ザラ」や「H&M」には学ぶべきところが多いです。
これもウェビナーで話しましたが、既存のマーケット・システムを前提としたうえでサステナブルを追求するのは、とても難しいです。なぜなら既存のマーケット・システムは、サステナブルという価値観がない時代に完成したものですから。
たとえば、コーセーの小林社長は、「2030年には、1人が平均10体のアバターを(メタバース=仮想空間上で)駆使している」という未来を予想しています。もし本当にそんな時代が訪れるなら、アバターへのメイクに対し、きっとユーザーが課金をしてくれることでしょう。そうしたらリアルなアイシャドウの売上が今の80%になったとしても、アバターがまとうバーチャルメイクで20%分を稼げるのではないか?そんな風に、新しいマーケット・システムについて、“妄想”することも不可欠だと思います。
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