ファムテック領域では、国内外でプラットフォーム化などヘルスケア領域のハブとなる動きやM&Aが活発になっています。日本では、オンライン診療でピルを処方する「スマルナ」を運営する株式会社ネクイノがフェムテック領域から日本の医療課題の解決に取り組んでおり、欧米ではフェムテック企業が化粧品のBox型サブスクリプションのBirchboxを買収するなど、M&Aや資金調達を通じて事業の拡大フェーズに入っています。
フェムテックの先にネクイノが目指す医療の再定義
2018年に立ち上げられた「スマルナ」は、オンライン診療でピルを処方するサブスクリプションサービスです。処方の有無に関わらず、専用アプリ内では生理や避妊、低用量ピル、アフターピルなどに関するコンテンツを読めるほか、本人確認後に助産師や薬剤師への無料相談も利用できます。現在は、本人確認を完了したユーザーの約半数が、ピル処方を定期的に希望するサブスクユーザーで、2022年2月、アプリのダウンロード数は累計72万件を超え、メディカルコミュニケーション数※は178万件を突破しました。
※スマルナでのオンライン診察回数、医療相談数およびピルを届けた数の累計値
日本を代表するフェムテック企業と呼ばれることも多い株式会社ネクイノですが、同社 代表取締役 石井健一氏は、「決して低用量などのピルだけを販売したくて始めたわけではない。日本の医療課題そのものを解決する、つまり医療の再定義という大きな山に向かってどの登り口から取り組むのがよいか、と考えた結果、フェムテック領域を選んだ」と話します。
株式会社ネクイノ 代表取締役 石井健一氏
薬剤師・経営管理学修士(MBA)
石井氏のいう「医療の再定義」とは、約30兆円といわれる国民医療費の3分の1を老年医療費が占めるいびつな現状から、病気になる前の予防やプライマリーケアに力を入れ、誰もが健康を謳歌できる世界をつくり、医療費の負担を極力軽くしつつ、偏りもなくしていこうというビジョンです。
そのビジョンの入口として着目したのが、女性の健康として大きな課題のひとつである生理痛などのPMS、将来的な不妊などの予防や、望まない妊娠などの解決にもつながる低用量ピルでした。欧州では10代半ばから低用量ピルを飲み始める文化が浸透している一方で、日本では低用量ピルの服用率はわずか1〜3%で、海外と比べて普及、つまり社会実装が遅れているのが現状です。
スマルナのサービスを通して、適切なタイミングで正しい医療情報にアクセスできる環境を整え、生理や避妊、性に関する不安や悩みを軽減すること、そして科学的根拠にもとづく知識や情報を提供し、婦人科の受診率向上やヘルスリテラシーの向上を目指しています。
2021年11月、ネクイノは、株式会社b technologiesとの提携を発表しました。同社がプロデュースする「HADA LOUNGE」は、月額2万9,800円〜の定額制美容皮膚科で、外科的処置を積極的に行わないのが特徴です。
HADA LOUNGE スマルナクリニック 新宿院
出典:株式会社ネクイノプレスリリース
石井氏は、「アンチエイジングは未来の美しい肌のための予防ケアであり、継続することで効果が最大化される。定期的に医療との接点を作って予防的アプローチに重きをおいている点は、スマルナのビジネスコンセプトとも親和性が高い」と説明。HADA LOUNGEでは、オフラインの利点をいかして、肌データの取得や採血によるバイタルデータの測定を定期的に行い、ネクイノとのデータ連携を進めていく予定です。
さらに、2022年2月には、スマルナ提携クリニックとして「代官山ウィメンズクリニック produced by スマルナ」をオープン。乳がん検査や性感染症などの各種検査や、HPV検査を実施し、乳がんなどの予防啓蒙、性感染症の早期発見や早期治療を促すなど、未病・予防を積極的に推進していくと発表しました。
スマルナ経済圏で医療のオープンプラットフォームを構築
スマルナでは、日本全国約70の医療機関と提携しており、ネクイノが開発したデジタル医療システム「メディコネクト」が導入されています。オンライン上でマイナンバーカードと健康保険証をリンクさせ、提携クリニックで共用することができるセキュアな個人認証システムで、診療内容はパーソナルヘルスレコード(PHR)としてスマルナのサーバーに蓄積されます。
「医師は新しい患者がこれまで医療とどう向き合ってきたのか、どんな治療を希望しているのかなど、過去の健康診断や採血といったデータ以外の、いわば本人の医療志向性といったものも知りたいと思っている。たとえば、薬を処方するときに、日常生活の忙しさや性格などから1日4回塗るべき薬をきちんと塗れるのかどうかがわかれば、処方する薬の内容も変わる。そうしたコミュニケーションを毎回ゼロからするのではなく、一度ユーザーから医師に伝えた内容が記録として残れば、コミュニケーションコストを短縮でき治療に集中できるようになる」(石井氏)
これが意味するのは、現在は医療機関の所有物であり、医療機関同士の共有が難しい個人のカルテのあり方を、ユーザーの意思で自分自身が保持して共有の許可を出すという、まったく新しい仕組みに変えることです。
2021年11月には、NTTコミュニケーションズ株式会社と業務提携し、ユーザーが同意のうえで、スマルナ経由で収集した問診データやオンライン診療データ、提携クリニックで取得した治療データなどを、NTTコミュニケーションズが開発したヘルスケア業界向けプラットフォーム「Smart Data Platform for Healthcare」で収集・蓄積・加工・分析を行い、新たな事業モデルの創出につなげていくことを発表しました。その一例として、NTTコミュニケーションズの秘密計算技術を活用してユーザーのPHRを解析し、一人ひとりに最適な保険商品の開発を行う予定とします。
NTTコミュニケーションズとの事業モデルイメージ
出典:株式会社ネクイノプレスリリース
石井氏の構想では、この仕組みを、いわば共有カルテのようにほかの医療分野や医療機関が使えるよう開放していくことがベースにあります。データは、この仕組みに預けるユーザーの所有となり、参加する医療機関が使えるようになってこそPHRが本人に紐付き、医師にとってもユーザーにとってもメリットの大きいものとなります。
このオープンプラットフォーム構築が実現した先にある未来の医療が「ネクイノFuture Vision Movie」に描かれています。スマルナ誕生から10年後となる2028年には、スマホのなかに存在する自分の健康状態をよく知るアバターが自分の代わりに医師に相談したり、医師のアバターが回答したりするなど、テクノロジーを活用することで医療インフラが生活のなかに溶け込み、ライフスタイルがより豊かに変化する世界とされています。
メタバース社会における医療のあり方、データが個人に紐付くことがブロックチェーンで保証されるWeb3の世界をも意識した未来を、ネクイノは考えているのです。
Maven Clinicはユニコーン企業に成長。英米のフェムテック市場
一方、欧米ではフェムテック業界の勢いを示す大型資金調達が、立て続けにニュースとなっています。
女性や家族の健康のための遠隔医療をベースにしたデジタルヘルスプラットフォーム「Maven Clinic」は、2021年8月に1億1,000万ドル(約127億2,000万円)のシリーズD資金調達を発表。同社の価値は10億ドル(約1,160億円)以上となり、ユニコーン企業となりました。ほかにも、英国の骨盤底筋トレーニングデバイス「Elvie」は、2021年7月に8,700万ドル(約100億円)のシリーズC資金調達を果たし、同じく英国の妊活アプリ「Flo Health」は同年10月に5,000万ドル(約57億8,000万円)のシリーズB資金調達を行いました。
また、米国のフェムテックスタートアップ「FemTec Health」は、化粧品サンプルを詰め合わせたBOX型サブスクリプションサービスで知られる「Birchbox」を買収し、大きな注目を集めました。
FemTec Healthは、糖尿病患者、高血圧患者向けのヘルスケアデータの記録と管理プログラム「Livongo(元EosHealth)」をはじめ、6つのヘルスケア企業を立ち上げてきたカイモン・アンジェリデス(Dr. Kimon Angelides)氏が、最先端のゲノミクス(ゲノムと遺伝子について研究する生命科学)、予測知能、デジタル技術を駆使して、個々の健康プロファイルにもとづいてパーソナライズされたサービスや製品を提供し、女性のヘルスケアに革命を起こすことをミッションとして2020年5月に設立された企業です。
今回の買収により、Birchboxは、ブランド名もサービスもそのまま継続しつつ、一人ひとりの健康状態にあわせたウエルネスボックスや検査キット、遠隔健康診断などをパッケージにしたFemTec Healthグループ傘下のサブスクサービス「awesome woman」との連携も増える見込みです。
2021年、FemTec HealthはBirchboxに加え、キュレーションした化粧品カタログから各ユーザーにパーソナライズしたサンプル配布を行う「MIRA BEAUTY」や、150万人の会員を擁するヘルスケア業界のソーシャルマーケティングプラットフォーム「Liquid Grids」も買収しています。
メノポーズ関連のフェムテック企業と美容領域との相性に注目が集まる
また、美容関連企業によるフェムテック企業のM&Aの事例も増えています。
合成生物学を得意とし酵母由来のサステナブルな化粧品成分などを扱う「Amyris」は、2022年1月に更年期ケアのためのプロダクトを柱とするフェムテック企業「MenoLabs」の買収を発表。Amyrisは、クリーンビューティブランド「Biossance」や「Rose Inc」をすでに傘下に持っており、2022年には、クリーンビューティブランド「ONDA BEAUTY」の共同創業者である俳優のナオミ・ワッツ氏と協業して、更年期にフォーカスしたパーソナルケアブランドをローンチ予定であることを発表しました。
更年期市場は、2019年から2021年で投資額が2倍になった注目分野であり、2025年までに、世界で10億人以上、全人口の約12%にあたる人々が更年期を経験するとされています。Amyris CEO ジョン・メロ(John Melo)氏は、「私たちの科学とウエルネステクノロジープラットフォームにより女性をエンパワメントする」と同時に、「原料だけでなく、クリーンビューティ、ヘルス、ウエルネスの分野で消費者向け商品を提供する成長戦略を続ける」と述べています。
Top image: 株式会社ネクイノプレスリリース