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香水の百科事典プラットフォーム「WikiParfum」や、香りを分子レベルで「デジタル化」するOsmoが仕掛けるイノベーション

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コロナ禍において気分転換に香りを用いるなど、日本でもフレグランスに対する生活者の関心が近年高まっていますが、グローバル・フレグランス市場では、AIを活用してユーザーとの製品マッチングの精度を高める施策が次々と行われています。ハイエンドな香水ブランドを傘下に持つプーチ(Puig)は、ブランドの垣根を越えた2万点以上のフレグランス製品の成分や処方を網羅したライブラリーアプリをリリースし、中国ではTmallと提携しECサイトに実装可能な香りのイメージをビジュアル化する技術を開発。米スタートアップのOsmoは香りのデジタル化を試みています。

香水におけるAI活用レコメンド

世界の高級フレグランス市場は2021年に111億2,000万ドル(約1兆4,765億円)に達し、2022年から2027年にかけて6.3%の年平均成長率(CAGR)で拡大し、2027年には161億8,000万ドル(約2兆1,482億円)規模に達すると予想されています。その一方で、毎年何千もの新製品が発表され、その数の多さや、実際に香りを嗅がずに香水を説明する難しさゆえに、消費者にとっては実店舗以外での商品選びが難しいことが課題となっています。

こうした背景から、現在、香水業界で関心が高まっているのが、AIを活用することで一人ひとりのユーザーに最適な製品を科学的な根拠を持って提案する精度の高いマッチングです。

たとえば、LVMHグループのゲランやロレアル傘下のイヴ・サンローラン・ボーテ(YSL BEAUTY)は、実店舗で小型のヘッドセットを装着して、実際に香りを確認しているときの感情的な反応を脳波で計測して可視化し、気持ちや嗜好にあった製品選びに役立てるサポートツールを導入しています。

20230419_1イヴ・サンローラン・ボーテのフレグランス製品選びをサポートするヘッドセット
出典:ロレアルプレスリリース 

また、シャネルは2022年末に仏パリでフレグランスに特化したオフラインの大規模イベント「LE GRAND NUMÉRO DE CHANEL(ル グラン ヌメロ ドゥ シャネル)」を開催。会場内の店舗では、生身の人間によるカウンセリングとテクノロジーを融合させたマッチングサービスを展開しました。

ブランドの垣根を超えて香水情報を網羅した「WikiParfum」

そんななか、2023年2月に「ジャン ポール・ゴルチエ」「ニナ リッチ」「バイレード(BYREDO)」「ドリス ヴァン ノッテン」などの香水ブランドを傘下に持つ、スペインのファッション&フレグランスのコングロマリット、プーチグループは、ブランドの垣根を超えて香水に関する情報を集約したプラットフォーム「WikiParfum」を開設しました。これは、フレグランスカテゴリーが抱えるハードルの1つである「実店舗以外で香りを伝えることの難しさ」を解決し、香りの世界をより多くの人に伝えて理解してもらうことを目指すものです。

20230419_2出典:WikiParfum

プーチは、ウィキペディアのフレグランス版を思わせるWikiParfumを普及させることで、自社だけではなく、香水カテゴリー全体の売上の底上げをもくろみます。このプラットフォームは2023年4月現在、2万2,478のフレグランス、1,440の成分、1,100以上のブランドのデータを含むライブラリーであり、消費者はこのデジタルデータベースでフレグランスの情報や香り成分の詳細を閲覧し、比較して、理解することができます。ブラウザ版とモバイルアプリ版があり、言語は7カ国語(英語、仏語、スペイン語、ドイツ語、カタルーニャ語、ポルトガル語、中国語)に対応しています。

モバイルアプリにはバーコードリーダー「EAN.NOSE」が搭載され、製品ラベルをスキャンすると、フレグランスの構成や成分に関する情報、原料の歴史や起源などが表示されます。この広範囲にわたり詳細な情報を網羅したシステムは、フレグランスの歴史家と呼ばれ、独立系のフレグランス分類ガイドブック『Fragrances of the World』を出版したマイケル・エドワーズ(Michael Edwards)氏と協働して構築されました。WikiParfumは香水ブランドが業界に向けて提供したデータをベースとしており、そこに表示される情報とレコメンデーションは、科学的基準と専門知識にもとづいた、正確で客観的、かつ特定のブランドに依存しない結果を保証するとされています。

20230419_3WikiParfumのモバイルアプリ
出典:プーチ公式サイト

また、WikiParfumの検索エンジンでは、ブランド名を入力すると、製品画像と製品説明に加え、成分の詳細とイメージ画像、フローラルやシトラスなどの分類、調香師の名前、価格帯、類似する香りのフレグランスの紹介も同時に表示されます。そのほか、バラやミモザといった成分名称を入力して検索すれば、成分の特長、製造方法、原産地、歴史やトリビア、そして、その成分が含まれたフレグランスの紹介などの幅広い情報が得られます。さらに、独自のアルゴリズムでブランド銘柄にとらわれない客観的な香水のレコメンド、トレンドや新製品情報が得られるほか、ユーザーは気に入った香りのデータを保存したり、香りの分類・構成や勧められたフレグランスのリストの作成もできます。

香水大国のフランスでは、シャネル、エルメス、ゲラン、ランコムなど高級フレグランスのテレビコマーシャルが頻繁に流れていますが、これは、感情的なつながりを生み出すビジュアルや動画によるイメージが、消費者の興味喚起から購入決定に大きな影響を与えることを示唆するものです。しかし昨今では、イメージ広告やブランドストーリーだけではなく、インフルエンサーや友人などの意見を参考にしたり、原材料の安全性の情報開示や社会倫理的な行動、ブランド哲学などを重要視し、納得したうえで購入決定をする消費者が増えています。

その意味で、プーチが開発したWikiParfumは、消費者が求める透明性や情報の明確性に対応しつつ、ヘビーユーザーから初心者まで、香水に興味をもつ幅広いユーザーに対して新しい発見をもたらすツールといえるでしょう。

プーチのビューティ&ファッション部門トップのホセ・マヌエル・アルベサ(José Manuel Albesa)氏は「WikiParfumを開発した目的は、香水の"メティエ(専門分野)"を理解するための新しい共通言語、わかりやすい視覚的言語を作ることで、フレグランスカテゴリー全体を向上させることだ」と語り、このシステムは今後、ギフト用の香水を選ぶショッピングをより簡単にする可能性もあるとしています。

中国EC市場に向けたフレグランスの世界観を視覚化するアプリ「Scent Visualizer」

さらに、プーチはWikiParfumを活用して、人々のフレグランスの世界への理解と購入を促すために、香りの成分である花や植物などを画像表現で視覚化して、各フレグランスの世界観をイメージしやすくしたアプリ「Scent Visualizer」を開発し、中国でリリースしました。中国は2019年頃からKOLなどのインフルエンサーの影響力やARバーチャルトライ機能の普及も手伝って、化粧品のEC売上が急速に拡大しましたが、BCGの2021年レポートによると、フレグランス使用人口は5%しかおらず、発展途上のカテゴリーです。

20230419_5Scent Visualizer
出典:プーチプレスリリース 

また、Kantar & Eternal Fragrance Report 2021によると、中国のフレグランス市場は2015年から2020年にかけて年平均15%近い成長率を維持しており、今後5年間で22%以上の成長が見込まれています。この成長率は世界のフレグランス市場の3倍であり、中国最大級のECプラットフォームTmallは、香水を中国における戦略的成長の機会と捉え、2023年2月にプーチと提携しました。両社は、中国のフレグランス市場拡大には”消費者へのエデュケーション”が成功の鍵になるとして、Tmallはプーチが開発したScent VisualizerをECプラットフォームに搭載して、消費者が自由に、あるいは能動的に香りの世界を学び、理解したうえで製品を購入できるエコシステムを築いたとしています。

プーチによると、Scent Visualizerは、知名度の高い25のグローバルブランドを対象に、7週間にわたってTmall上で試験運用され、有望な結果が得られたといいます。各フレグランスの紹介ページに香りをイメージできる画像を1つ追加することで、オンライン取引数量(GMV)が平均5%増加。また、コンバージョン率(CVR)と平均取引額(ATV)も改善され、消費者は香りを視覚的に「読む」ことで、よりスピーディに購入の意思決定を行うことが確認されました。Tmallとプーチは、消費者は好みの香水の情報が明確で、かつ一貫してビジュアル化されることで購買意欲が高まり、フレグランスを試すためにより多くの額を支払うとしています。

20230419_6Scent Visualizerによる香りの可視化イメージ
出典:The Moodie Davitt Report 

Tmallのフレグランス・カテゴリー・ディレクターであるバオ・リン(Bao Ling)氏は、「中国のフレグランス市場は成長を続けており、新しいフレグランスの情報を得たり、お気に入りの香りを購入することに、中国の消費者は大きな関心を持っている。私たちはプーチとの提携による今回のScent Visualizerの試験運用の結果をエキサイティングに感じており、このカテゴリーがさらに成長することを楽しみにしている」と語りました。あわせて、Tmallは近い将来、Scent Visualizerを利用して、香りの成分や調香師、ブランド、あるいは気分など、ユーザーの好みに応じて、一人ひとりに特定の製品を推奨するマッチングツール「Fragrance Finder」を発表する予定です。

米Osmo、香りを分子レベルで解析・活用へ

また、香水業界におけるAI活用事例としては、次世代のアロマ分子の開発を目指す米企業Osmoが注目を集めています。2022年に米マサチューセッツ州で創業したOsmoはGoogle Researchからスピンアウトしたスタートアップで、Google VenturesとLux Capitalからの6,000万ドル(約79億円)のシリーズAの資金調達を原動力に、すでに公開されている香りの5,000個の分子をもとに、AIによる “香りのマップ” を設計しました。このマップは同じ香りの分子をグループ化するもので、AIが分子構造にもとづいてどんな香りがするかを予測し、それを参考にフレグランス、シャンプーなどに使用できる新しいアロマ分子を生成するとしています。

20230419_7Osmo による“香りのマップ”
出典:Scientific American 

OsmoのCEOで神経科学者のアレックス・ウィルトシュコ(Alex Wiltschko)氏は、10代の頃から香りの世界に夢中となり、創業前はGoogle Researchで分子構造だけで香りを予測するソフトウェアの開発に携わりました。「人間の目には3チャンネル(三原色)の色情報があるが、鼻には300チャンネル以上の匂い情報がある。匂いのマップを作るには新しいツールを待つ必要があり、私たちは機械学習主導でフレグランスを選ぶ手法にたどり着いた」と開発の経緯を語っています

たとえば、スズランの香りを再現するには、AIにスズランの匂いに近い分子をオーダーして、分子構造から匂いを予測し、香りを再現します。ただし、現在のところ、既存の2つの分子を混ぜて、新しい香りを再現したり作ることは、化学結合や分子内の炭素原子の数が香りに影響してしまい、失敗も多いといいます。同社はこのAIシステムはあくまでツールであり、香水のクリエーター(調香師)に取って代わるものではないと明言しつつも、フレグランス分野でますます活用が進むだろうと仏メディアに語りました

同時にOsmoは、このイノベーションにより環境問題の解決も目指しています。近年、クリーンビューティの枠組みでクリーンフレグランスというカテゴリーが注目され、天然香料の人気が高まっていますが、天然原料を採取するために必要な土地、水、人的資源は膨大なものとなります。また、気候変動による異常気象の頻発で、原料として需要の高い花の供給が減少しており、サンダルウッドのように絶滅の危機に瀕する原料もあります。すべての香水を天然原料100%で作ることは、逆にサステナブルとはいえないのです。

こうしたなかで、分子構造で香りをつくるこのソフトウェアを使用すれば、生物多様性の保全やその他の理由で頻繁にアップデートされる規制の要件を満たしたフレグランスを製造可能で、天然原料を使用したフレグランスの代替品となる可能性もあります。さらに、近い将来、同社は香料業界向けに、アレルゲンを含まない生分解性の分子の設計にも取り組みたい考えです。

Osmoの共同創業者でLux Capitalのマネージングパートナーのジョッシュ・ヴォルフ(Josh Wolfe)氏は米ワイアード(Wired)誌のインタビューで「バイオテクノロジーや製薬会社が医薬品を設計してそのライセンスをとるように、Osmoは人々が求める特定の香りを化学物質で設計する合理的なビジネスモデルだ」と述べました。長期的には、コンピュータに香りの感覚(嗅覚)を与えて、つまり香りを分子レベルでデジタル化し、そのデータをスマートフォンから送りたいと考えているとしています。

Text: 谷 素子
Top image: WikiParfume Facebookアカウント 

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